ダース
照明が切れた。

一連のきっかけはまず、そこだった。


「ありがとう、悪かったな」

淹れてきた珈琲を両手に戻ったリビングで、片方手渡せば笑ったマスターが天井を見上げた。

「電気屋行ってくれたのか」

「…別に、大したことじゃ」

ない、と言い終えるより先に横から伸びてきた手のひらが、ひとの頭をぐしゃぐしゃと撫でて。

「っおい、」

止めろと振り払うより早く離れていくから文句の一つも口に出すタイミングを失う。

こいつと居るといつもそうだ。不意ばかり突かれる。

だから、一度くらいこちらから、と思っただけだ。

ちらりと盗み見たソファの隣で丁度、マグカップへ口を付けたマスターが中身を確認するように離すから。

妙な緊張がどっと押し寄せて今すぐこの場から逃れたくなった。

常日頃闊達な奴だ。
押し黙って考える素振りがどうにも似合わなく居た堪れない。

どう反応されるのを望んでいるんだろうか?俺は。

「珈琲…豆、替えた?わけじゃないよなぁ」

なんだろう、と独白染みた声色。

「いつもとなんか違う。正解は?」

「…ま、不味かったのか?」

「いや、美味しいよ。何か入ってるよな、なに?」

謎々でも楽しむような視線を受けて計画の破綻に気付いた。

俺の中で結果は二つしかなく。気付く、気付かない。それだけで。

分からない上でこちらから種明かしをする、なんて状況考えてもなかった。馬鹿だ。

そもそも計画性なんて欠片もなく、

「も、貰った、から昼に」

「昼?」

「蛍光灯、買いに」

「ああ」

最寄り駅にある電気屋の1階はいつだって携帯電話の顧客勧誘に忙しい。

その中のひとつ、真っ白い犬が目立つキャリアの店員が配っていたのだと。

回り道しているような話に焦れるわけでもなく。

頷いたマスターが俺の手の珈琲までローテーブル、自分のカップの隣へ並べて。

身体ごとこちらへ向き直ると距離を詰めてくるからいよいよ逃げ場がない。顔が熱い。嫌だ。

「それって甘いよな?」

まさかこのままじわじわ尋問されるのだろうか。冗談じゃない。

今日は2月の何日で、何の日か?そんなのだって全部、

「〜っもう、分かってんだろ!」

「分かんないよ教えてくれ」

てっきりひとり愉し気に揶揄ってると思ったのに。

穏やかな声色に視線を上げれば、目が合った瞳はそれこそチョコレートでも溶かしたみたいに甘い。

「なぁ本命?本命だよな?」

「…貰い物だぞ」

「でもくれたろ俺に。な?」

馬鹿みたいだ。
大したことじゃ、ないのに。

零した水は盆に戻せない。
先に立たないのだって知ってる。けれど。

去年だってその前も、もっと早くあげれば良かった。

馬鹿みたいなのは俺だ。

頷くくらいの不甲斐ない肯定にだって手放しに喜ぶ。

ありがとうと破顔したマスターを前に、今までを後悔するのは容易い。

来年はもうちょこっと頑張ろうかと思うのだった。チョコなだけに。


end
これを貰って書いたマス赤

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