真相の深層
「ず…っるい何でいつもメイトばっかり…」

出だしの一声こそ声を張っては居たのものの、
咄嗟に口元を抑えたマスターが眉と一緒に声量も下げたお陰で、手近の寝息は乱れることなく。

いつの間にやらひとの脚を枕にしていたアカイトは僅かに身じろぐだけだった。

「ああ、お帰りってもうこんな時間か」

些か集中し過ぎたみたいだ。鍵を開けた音すら全く耳に入ってなかった。

「お疲れ様、遅かったな」

「うん…ただいま」

佳境に向かい始めた頁に栞を挟んで閉じた文庫を置いたラグの上。

身近にしゃがんだマスターの手が深紅の髪に触れるか否か逡巡に動くのに笑った。

「多少撫でたくらいじゃ、起きないと思うけど」

「それメイトだからだろ」

疲れて帰って来たいい大人に、そんな子供っぽい顔をさせたいわけじゃない。

飯は?食った、酒は?少し飲もうかな、運ぶ?無理だ、の遣り取りを経て意識の抜けた身体を抱え上げる。

途中で起きて暴れられたら落としかねないだなんて情けない顔した男前がネクタイを緩めて笑うから同情心も湧く。

晩酌の摘みを一品増やす気にもなったし、本当は意に反する漏洩もひとつくらいはいいだろうと。

ベッドに転がしてきたアカイトの寝顔に同意を求めたりもしたのだ。


「顔が、熱くなるんだと」

「え?」

この家で暮らし始めたのはアカイトの方がひと月早い。

というのに後から来た俺から見ても、マスターと彼が良好な関係だとは言い難かった。

どうしたって身内贔屓な性分だ。初めこそアカイトを庇う目線で傍観していたのだが。

疑って掛かったのが申し訳なくなるくらい、マスター側に問題があるとは思えず。

碌に目も合わさない返事もしないアカイトの態度を見兼ねて一度理由を聞いた事があった。

「マスターと話してると。声も、うまく出ないって」

「おい…嘘だろ…本気で?」

狼狽えるように食卓へ落ちた視線は存外見ていて愉しい。

さっきまで多少の疲労を滲ませていた向かいの目元が今は見事に赤かった。

「おいおい、まだ酔うほど飲んでねぇだろ」

「からかうなよ、もう。…余裕ないんだ、知ってるだろ」

「しっかりしてくれ、あいつはもっとない」

そもそも自覚すらしていなかった。

メイトとは普通にできることがマスターを相手にした途端に全くできなくなるって。

そう、話したときのアカイトは単純に困り切った顔をしていた。

「何でだと思う?って聞かれたんだ」

「そ…っそれで?なんて答えたんだ」

「もしかしたらアレルギーかもなって」

「アレルギー」

「マスターアレルギー。だからなるべく近寄ら無い方が…って嘘だよ死にそうな顔すんな」

「からかうなよ!」

手酌し掛けた向かいのグラスに酌をして笑い返せば、笑い事じゃないとか不満気に返るけど。

本当はこんなの、当人同士の問題だ。
想いの内が同じなら焦らなくても自ずと上手くいく。

外野でとやかく口を挟む趣味もない俺は、これ以上の助言をする気もなく。

ましてや、今夜のあいつが誰の帰りをずっと待っていた上での寝落ちだったのかも、どうぞご自分で辿り着くべきだと口を閉ざすのだ。


end
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