安牌の案配
ぶつかる様に背後から抱きついて来たアカイトが、無言のまま額を押し付けてくるのに笑って。
眺めたリビングでは点けっぱなしのゲーム画面に放り出されたコントローラー。
すん、と鳴らされた鼻に呆れて小さく息をついた。
「…おまえはもー懲りないな」
泣くくらいなら止めなさいと窘めたところで意地に拍車を掛けるのは先刻既に確認済みだ。
先月末マスターが買ってきたテレビゲームは主にこの負けず嫌いを悩ませている。
「俺が敵討ってやれたらいいんだけどなぁ」
最近のゲームはどうにも操作が細かく難しい。
俺よりずっと上手く熟すアカイトが負ける相手に敵いそうなひとと言えばマスターだけど。
生憎帰宅までに間があるし、そもそも彼はマスターにも負けたくないのだから解決にならない。
「俺じゃ応援くらいしかできないな」
アカイトを背にくっつけたまま、拭き終えた食器をしまうついでに上の棚から挽き売り店の豆を出す。
淹れたら飲むか、の問い掛けに頷いた子がやっと顔を上げた。
「…応援?メイトが?」
濡れた瞳に溢れた隙を逃す手立ては無いと、向い合う体勢に身を返し背後のシンクへ寄りかかる。
「そう、だっておまえ勝つまで止めないんだろー?」
早く勝って貰わないことにはその間ずっと俺が寂しいと告げれば、両手で包んだ眼下の頬が熟れるように熱を持った。
「おれ…俺がずっとゲームしてるから?」
「そう」
「メイトが?」
「そうだよ」
信じられないことのように狼狽えた彼が反芻するように紡ぐ口調が可愛らしい。
自然と笑い返して頷けば逡巡に逸れた視線が伺うようにこちらを見上げる。
「べ、べつに勝つのは、また今度でもいい」
「…俺このあと買い物行く予定なんだけど」
「じゃあ俺も一緒に行ってやろうか?」
吹き出したら駄目だ。
耐え切れないものを誤魔化す為にも抱き寄せた頭に軽く口付ける。
「まじかよ、いいの?」
「べつにいい」
嬉しい、ありがとうを聞き取って仕方ないからなとでも言いたげな顔をする。
このくらい扱い易い操作ならば俺が仇討つこともできただろうが。
なんにせよ彼の涙が遠退くのなら、それに越したことは無いと密やかに苦笑した。
end
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