サクラサク
「おまえ…それじゃ寒いだろ」

たまに吹く初春の風は、冬の名残を僅かに帯びて。

並んで座ったベンチの隣でメイトの髪をふわりと強く揺らしていった。

確かにちょっと肌寒い。けれど堪えられないほどでもない。

見上げた視界を見事に覆う桜の花は七分の見頃で。

隙間に射し込む木漏れ日が、柔く照らした上枝みたいな。

髪色に舞降りた小さな花弁は意外と彼に似合っていたから告げずに笑った。

「ううん、平気だよー」

「今すぐ帰るならいいんだけどな」

まだ居る気なら羽織れと手渡されたジャケットは簡単には受け取れない。

それを借りたら俺より彼の方が薄着になってしまう。けれど、もう帰るなんて選択も出せない。

近所で一番広い公園は、ついさっき着いたばかりで。

今日はとっても晴れているけど明日からの雲行きは怪しいらしい。

陽射しが戻る予報の土日は比にならないくらいの集客で賑わう筈だ。

つまり今を逃したら今日ほどのお花見日和はもうないかもしれない。

「うう…っ」

「おまえはそれ、食うんだろ?」

逡巡に笑ったメイトがこちらの手元に視線を落とす。

見てるほうが寒いと続けた彼が隣で開けた缶ビールと共に、
来る途中買って来たアイスは勿論、桜を見ながら食べるつもりで選んだ。

「…お借りします」

「おー」

大人しく借りた上着を羽織って開けた紅白のふたには、花見ならぬ雪見の文字。

薄い求肥が包んだバニラアイスを一口かじった頃に、

「カイトは花より団…いや、アイスって感じなのにな」

そんなに見たかったのかとしみじみ掛かる随分な発言。

けれどあながち外れても無いから強くは言えない。だって、一人なら来なかった。

お花見はしたかったけど大前提に『彼と』がある限り、事の比重は明らかだ。

「メイちゃんは?」

花よりお酒?と聞き返した隣で、うーんと肯否のつかない返事。

「カイト」

「なに?」

「カイトかな、花より」

さらりと笑って続く答えに思わず固まる。

悪戯に揶揄を含んで細めた瞳はたまに見る、俺が好きな表情のひとつだけれど。

「そ、それ俺が先に言いたかったのに…!ずるい!」

油断も隙もあったもんじゃない。聞き返すより先に言えば良かった!

「俺も、俺も花よりメイちゃ」

「ごほ…っ」

「だ、大丈夫?ごめんね?」

俺が急に立ち上がったりなんかしたから。驚かせちゃったのかもしれない。

ビールに噎せた彼の背を慌てて擦った手首を取られる。

「…いいから、座って、食え」

「う、うん」

咳き込んだ所為か、ちょっと滲んだ彼の目元がほんのり赤い。

どうしたって隣の桜色に目を奪われたまま頷いて食べたアイスはいつもより甘く感じた。


end
桜「解せぬ」
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