マス赤
許された僅かな合間に漏れる吐息がやけに熱っぽいと、自覚する頃にはどこもかしこも同じく熱く。

やっと開いた視界に至っては水分の膜を薄く隔てて歪むのだから手に負えない。

浴室帰り、廊下の壁に背を追いやられたまま現状を思った。

リビングのテレビは基本的に目の前のソファセットで観ることが多い。

のだから、ダイニングを挟んだこの場まで届く音声何て聴き取れない程に僅かだ。

一向に整わない自分の呼吸ばかりが嫌でも耳に入る。

注がれる視線に抗議の意味を籠めて見上げれば一連の原因と目があった。

「おまえ、いきな、なん…っ」

文句のひとつも言い終える前に再び唇を塞がれそうになって、
距離を詰めてくる肩を押したけれど、意に介した様子もない。

どころか易々外された両腕を取られて、屈んだマスターの首の後ろへと回される体勢に焦る。

「新しいの、使ったんだ?」

マイペースに問われて浮かぶ対のボトル。
香りの由来は良く見てない。花だか実だか。その辺だったと思う。

「いい匂い、美味そう」

前半はともかく、後半は分かりたくない。

「おま、えも使ってくればいいだろっ」

早く風呂行けと壁との隙間で身じろぐこちらにマスターが笑って。

温風をあてて間もないひとの髪へ鼻先を埋めたまま、誘ってるのかとか言うから馬鹿じゃねぇのか。

確かにさっき飲んではいたけど大した量では無かったはず。

酔ってるのかと一応問えば、おまえにと返る。

「〜っば、ばかじゃねぇのか…っ」

どっと汗が噴出すような感覚に泣きたくなってわなわなと震えてる合間に。

片眉を下げたマスターが小さく吹出すように笑った。
甘ったるさが増した視線に気付いて漸く反応を誤ったんだと気付いても遅い。

「なん…っ」

耳の後ろを舐められてぞわりと粟立った首筋を長い指先が辿る。

その後を噛み付くように追われるだけでがくがくと膝が笑った。

戻せない流れに逆らうよりも従ったほうが楽だって、覚えたのは大分前の話だ。

指先が顎の下を掬っても大人しくしてたのに、唇が触れたのは一瞬で。

踏み込む素振りもないままに解放されると、腰を支えるように回ってた腕まで離れた。

呆気にとられてるこちらは気にも留めずに、寝室に立ち寄った奴は上着を羽織って戻ってくる。

「そういえば俺、煙草買いに行こうとしてたんだった」

「…は?」

コンビニ行くけどなんかいる?とかそんな気遣いどうでも良い。

さっきまでの執着は何だったのか。前から薄々、思っていたけど。

こいつ含めた周囲に度々揶揄される俺よりよっぽど。

「おまえの方が猫っぽいじゃねぇか!」

「…何言ってんだネコはアカイ」

玄関先で振り返った奴が諭すような顔して何か言い切る前に、本能で振りかぶったスリッパを投げた。


end
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