マスカイ+マス(赤)
「あいつと居るとさ…」

なんの前触れもなく、唐突に始まった語りに一度顔を上げて。

「学生時代の熱情を思い出す」

どこを見てんだか物思いに耽る友人の横顔から、手元の文庫本へ視線を戻した。

「やらしい意味で?」

読んでた行を探しながら聞くと、よく分かったなぁと感慨深い返事。

「…で、アカイトは?」

「まだ寝てる」

「可哀相に…」

借りた推理小説の真相に迫るより先に、
休日の朝っぱらから隣人がうちへやってきた謎が解けた。

構ってくれる子が居ない所為で手持ち無沙汰、というか要は暇なんだな…

「はい、お待たせしましたブレンドの方〜」

「ああ、ありがとうお構いなく」

「モカの方〜」

「悪いなカイト、ありがとう」

両手のマグカップを食卓に置いた子に友人が笑いかけて。

カイトは良いウェイトレスになれるよとか適当すぎることを言う。

それを言うならウェイターじゃないのか。いや、突っ込みどころは多々あるが。

「えっ俺、バイトできますかね」

「なに、バイトしたいの?」

「はい働いてみたいです」

それよりも聞き流せない向かいの会話に口を挟むより早く。

「初任給でマスターにネクタイ買いますね」

どこまで冗談か分からない笑顔に不意打ちを食らう。

「あー泣いちゃう?泣きそう?」

「ワ、ワイシャツのが良かったですか…」

わっと両手で顔を覆ってみせた仕草に素早く乗った友人の揶揄を、真に受けたカイトが焦るから。

こちらも冗談どころの騒ぎじゃなく目頭が熱くなってちょっと焦った。

「カイト…永久就職って聞いたことあ」

「ああ、そういうの自分家でやってくんない?」

「だよな」

「すみません」

珈琲に口をつけた奴が大袈裟に落とす溜息に、カイトとふたりで謝って。

席を立った視線の先、廊下へ続くドアの向こうにいつから居たのか寝起きの来客。

「その流れ…まだ続くのか?」

呆れた顔したアカイトに、おはようと笑い返した。


end
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