動悸の動機
「まだ起きねぇの?」

呆れたような低音は急かすでもなく緩やかで。

頭の後ろに回ったでかい手が、ひとの髪を気紛れに梳いたりするから。

浮上しかけた意識が再びまどろみへすとんと戻りそうになる。

目前の体温へ押し付けた鼻先に良く知る匂いを吸い込んで小さく息をついた。

開いた口から紡いだ声はくぐもって、掠れただけで言葉にならず。

なに?と笑ったメイトの振動が俺にも響く。絡みつく睡魔が一気に散った。


「うわああっおまえ、なに、」

急に身体を起こした所為でぶれた視界に軽く目眩って。

ありえない状況に混乱する間にも伸ばされた腕に捕まる。

「いきなり起きるなよ」

びびったと向けられる苦笑に、こっちの台詞だと言いたいけれど言葉にならない。

触れた傍から火が点くように身体中が熱かった。訳が分からずじわりと瞳が湿った所為か喉が渇く。

陽射しを遮るカーテンは眩しくなくて気に入っていたけど、時間が読めないことに気付いた。

「もう直ぐ10時」

先に読まれたのは俺の心情の方で、未だひとのベッドに寝そべる奴は起きて着替えた気配も無く。

気怠さが残る部屋着は昨夜、それぞれの自室で眠る前にも見た筈なのに。

直視し辛く思うのは、寝起きのメイトと鉢合う機会が今まで殆ど無かったからだ。

だっていつもはキッチンに居る。誰より早く。こんなところに、俺の部屋には居ない。

「おまえ、飯は…?」

「おー何食いたい?」

「俺じゃねぇよ!マスター!」

ひとりじゃ碌なもんを食わない奴の食生活を気に掛けてるのは俺じゃなくてメイトの方だ。

そうだ、メイトの方だ。

家主であるマスターに気を遣わせる接触をいつもは良しとしないのも。

ぜんぶ、おまえの方なのに。

「今日、17だろ」

脈絡の無さに呆けて眺めたサイドボード、数字の羅列。
日にちが少ない2月は残り2週で終わる。第3日曜。

「誕生日おめでとう」

俺とは直接関係無いって訴えを、聞く耳持たないマスターに強行された去年の今頃。

いつもより手の込んだ飯時に、ふたりから祝われた。あれから1年、経ったらしい。

「マスターと決めたんだけど」

今年のプレゼントは俺になったと言う。疑う余地も無い。恐らく、どちらも。

「…酔ってたんだな?」

「案外、良案だよなぁ」

悪びれもしない薄茶の瞳は愉しげだ。

「マ…、マスターは」

「夜まで帰って来ないって」

どうする?なにする?なにしたい?と向けられる全てが俺の自由になるらしい。

撫でられた頬はさっきからずっと熱い。届く視線に身体が強張る。だって好きだ。

律儀に朝から出掛けた奴を、崇めたらいいのか恨んだらいいのか、分からないまま。

ばくばく煩い鼓動を持て余す。耐性の無い状況に早くも息が切れそうだった。


end
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