カイトくんとカイトさん
「カイトくん」

今いい?って柔らかい微笑に頷いたリビングのカウチで。

「はい」

カイトさん、と返す呼称のやり取りに内心苦笑した。


「なに見てたの?」

「いえ、別に」

硝子を隔てた庭先へ一度、流れた視線がこちらへ戻る。青い瞳。

自分と同じ筈なのに、濁り無く澄んで綺麗に見えるから。

内心までも見透かされそうで少し、居心地が悪い。

「お家慣れた?…ってまだ早いよね」

困ったことあったら言ってねと隣に座ったひとが笑う。

「なんでも言って」

あまりにも懸命に繰り返すから、自然と俺も笑い返した。

彼のマスターの兄弟が、俺のマスターになって数日。

家の間取りや生活リズムは覚えても、彼のようには馴染めない。当たり前だ。

「4年目、でしたよね」

「俺?うん、そう…4年前の今頃」

はにかむように伏せた目元が淡く色づく。
回想に耽る瞳が誰を、想い映しているのかは想像するに容易い。

「それ、新曲ですか?」

彼の手に見つけた楽譜へ話題を促せば、現実に戻った瞳がぱちりと大きく瞬いた。

「そう、それであのね」

アドバイス欲しいとこがあって、と譜面を捲くったひとを思わず眺める。

「俺に?」

「うん、迷惑じゃなければ」

プライドは、無いのだろうか?初代としての。

違う、そうじゃないと即座に思う。使いどころが違うんだ。

初代KAITOの全てがそうかは知らないけれど、このひとのマスターに対する思いの丈は誇りに近い。

期待に沿える努力を彼は選んだだけだ。

自尊心に絡め取られて手段を潰すよりずっと、潔くて賢明だった。

「ただいまー」

「あっマスター帰ってきた」

玄関先から届く声音に素早く反応したひとが、伺うようにこちらを見るから。

「俺でよければ、いつでも」

告げた返事に、ぱあっと嬉しそうな顔をする。

「ほんと?ありがとう!じゃあ後でお願いします」

跳ねるように駆けてく彼のお帰りなさいは、花が飛ぶような声音だ。あれは誰でも癒される。

気が抜けてずり降りたラグの上、カウチの座面に後ろ頭を預けてチクチク進む柱時計の針を見上げた。

俺のマスターもそろそろ帰ってくる時間。

五線譜に走る旋律を紡ぐようにはすんなりと、上手くは未だ話せてない。

新旧に拘って構えていたのはきっと、俺だけだ。

まずは出迎え方の教えを彼に倣って請うべきかと少し悩んで目を閉じた。


end
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