亜種と握手
「…せいかくが、悪い」

あくまでも真剣に、だけど。
どこまでも言い難そうに、零れた声音に一度呆けて。

「…あはは」

「な…」

吹き出した俺を見るなり向かいの奴は、瞠った瞳を白黒させ…いや白赤させた。

今しがた、迎えたばかりのボーカロイドはトレードカラーとも言える青では無く。

瞳や髪はもちろん。
まっさらなロングコートに入ったラインまでもが見事に赤い。

真実味の無い風評で名前だけなら俺でも知ってる。KAITOの亜種、AKAITOだった。

都市伝説の一部だろうと聞き流していたけれど、どうやら実在していたようだ。

本人曰く不良品らしいが、ボーカロイドの要である歌唱に支障は無いと言う。

色が違うことだけじゃ、欠陥にも不具合にもならない。

つまり不良とは言えないと、返したところ前言の漠然とした回答に至ったわけだが。

「せいかくって…性格、だよな?」

悪いんだ?と笑い返すと、強張った顔のままアカイトは静かに頷く。

カイトより気が短い
カイトより口が悪い
カイトより愛想が無いetcetc

感情を込めるわけでもなく淡々と続く比較に耳を傾けた。

「…おまえの基準は全部カイトなんだな」

そうなるようにつくられたのだから、まぁ当たり前といえば当たり前なのかもしれないが。

言われてみれば、確かに。
穏やかで従順とも取れるカイトの性質は万人向けなんだろう。扱い易いに越したことは無い。

「おまえが望む動作はしない」

念を押すような響きだった。

「だから、返品しろって?」

「ああ、替えてもらえ」

彼の中では決定事項らしく、声音も視線も揺るぎない。

寧ろ、役目を終えるような安堵の気配さえ滲む。

彼は恐らく『KAITO』の買い手に落胆されたくないのだろう。

宣告を待つような、所在無さげな硬い空気がそこから来ているものだとしたら?

「悪いけど…俺にはおまえが悪いように思えない」

言い回しが解りにくかったのか、これまでの無表情と打って変ってアカイトはぽかんと間の抜けた顔をする。

「…おまえ、俺の話聞いてたよな?」

「おまえじゃなくてマスターな」

「かっ勝手に決めんな!」

反射的に怒鳴られて思わず笑った。短気で荒い。自己申告に偽りも無いし何より。

「こっちの台詞だろ」

俺は一言も、おまえが嫌だとは言ってないのに。

そう、告げた言葉に瞠った瞳が瞬いて、彷徨わせた視線を緩く落とす。

「…いつか絶対後悔する」

よく考えろと顰めた顔で口にするのは結局、こちらに対する配慮でしかないじゃないか。

「あーアカイトが?俺をマスターにし」

「おまえがだろ!」

即答の意味を解っているのだろうか。

安直な鎌かけにも気付かず、目前のボーカロイドは目元まで赤くして憤慨している。笑えなかった。

こちらが思っているよりずっと根深い懸念が、杞憂だったと。

こいつが思えるまでにどれほど、時間が要るかは分からないけど。

その頃はどんな表情を見せるのか。

手間を天秤に掛けても興味が落ちた俺は既にもう、彼が憂う内面に惹かれ始めているんだろう。抗う気もない。

「だから、おまえじゃなくてマスターな」

今日から宜しくと差し出した手のひらに躊躇った瞳は少し揺らいで見えた。


end
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