好転の荒天
明日世界は滅びるらしい。

何故なら、天変地異の前触れが今まさに起きたから。


「ど…っどうした?」

帰宅早々の玄関先で飛びつかれた勢いに負けて。

背後のドアに頭をぶつけたおかげで暫し思考回路も飛躍した。

腕の中のアカイトは、

そう…腕の中の、アカイトは。

未だ俺から離れる様子も無く、背に回された手が縋り付くような必死さで。

夢のようなできごとだけど夢じゃない。

何故なら、後頭部が依然とじわじわ痛むから。

「なに、さっ寂しかった…?」

いつもより遅かっただろうか。
いや、でも、もっと遅く帰った日なんてざらにあったし。

その時だってアカイトは普段と変わらず『おー』しか言わなかった。お帰りの意味らしい。略されている。俺の帰宅価値が。

「…っい」

「えっ?」

「寂しくはない」

「…そうか」

じゃあどうした、と聞くべきなんだろうけど。

想定外のダメージに咄嗟の言葉が出ないまま、俺まで泣きそうに…

「いや、え?おまえ、何泣いて…」

震えた声に今更焦って、顔を見ようと肩を押すけど。

首を振ったアカイトが距離をとるのを拒むから結局見れずに。

「なんだよ、ほんとどうした?」

「…おまえ…るのに、俺…い」

「うん?なに?」

ゆっくりでいいから落ち着けと、背を擦って促すと漸く上がった頬は火照って赤く。

「…っえは、できるのに、俺はできないっ」

ぶわりと新たな涙で揺らぐ深紅の瞳がこちらを映した。

「…え?何が出来ないって?」

「ちっとも、なっとく、いかねぇ!」

癇癪を起こしたこどもみたいに怒ってる顔は可愛いが、言ってることは何やら可愛くない、し。

なんか臭い。室内が。焦げ臭い。

「あーっおまえ、まさか…」

慌てて足を踏み入れた廊下を進む最中、背後から気をつけろとか声が掛かる。

「トラップがある」

「罠なの!?皿だよな?これ」

滅びたのは世界じゃなかった。
言わば家庭もひとつの世界なのだが哲学的な比喩に勤しんでいる場合じゃない。

砕けた食器も、放置されてる無残な鍋も、散らかり捲くった食材も。

奮闘の軌跡が色濃く残るキッチンは惨状と化している。

「…上手くいったらおまえ驚くと思ったのに…」

上手くいかなくても十二分に驚いたのだけど。

現実を再度突きつけられたらしいアカイトが、落ち込んだ声を出して。

無理だったとか、目元を拭うと再び鼻をぐずらせるから結局笑った。

「…怪我は?」

してないと振られた首にとりあえず安堵して、息をつくと上着の裾を掴まれる。

「なに…俺?俺のため?」

「…そう言っ、おけば怒、らねぇ?」

この期に及んで素直じゃない。

「…おまえは…ほんとに…」

可愛くないなぁと言い掛けて抱き寄せた腕に、大人しく納まった子が、こちらの胸に凭れてきたり、するから。

天変地異とまではいかずとも、
雨くらいなら降るかもしれない。

類稀な事態に笑って、未だ泣き止まない子の背を撫でた。


end
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