シックショック
眠っているだけだと、頭の隅では分かってるのに。

部屋に入って直ぐ、寝顔を見る度どきりとする。

足が竦んで動けなくなる前にベッドへと近づいて額に触れる。

ばかみたいに毎回、体温があることに力が抜けて、泣きそうになって、冷静になる。

マスターはどこにも行かない。
俺は動揺してる場合じゃない。


「…カイト?」

ゆっくりと瞬いて開いた瞳は未だ熱っぽく。

「マスターまだ寝てないと」

身体を起こそうとするのに慌てた。

「いや、もうだいぶ良い…」

声は枯れてしまって痛々しいけれど、確かに顔色は昨日より良いかもしれない。

「ごめんな心配させて」

たかが風邪で、とマスターは言うけれど、されど風邪だ。

「油断しちゃだめ、ですよ」

今は良くてもまたあとで熱が上がらないとは言えない。

ベッドの淵へ掛けたままだったブランケットを羽織って貰っても、ちっとも安心できなかった。

「食欲は?ありますか」

「うん」

「よかった…」

ちゃんと食べて、それで薬を飲んで、またゆっくり眠ってもらわないと。
額もまだ冷やしておいたほうがいいのかもしれない。

「直ぐ用意しますね」

「カイト、待って」

落ち着いて、と手首を捕られる。

「…落ち着いてますよ」

「ならもう少し話したい」

「でも…」

そうしてる間に悪化しないだろうか。せっかく良くなってきたのにまた、

「ちょっとだけでいいから」

躊躇ってる間に手首を引かれて腰を落としたベッドの上、近くで目が合う。

こちらの頬へと触れてきた掌は、いつもよりまだ熱い、けれど。

「ずっと寝てばっかでカイトが不足だ」

悪戯っぽく返る笑顔はいつも通りで。

ぐっと目の奥が熱くなるのを口を結んで慌てて堪えた。まだ早い。

掌から伝わる体温が平熱に戻って、咳も止まって、ちゃんと治ったら。

ほんとは…
ほんとはすごく怖かったって言う。
俺を置いて、どっか行っちゃったらどうしようって思ったって。

ぜんぶ、過去になったら言う。

大袈裟だってマスターは笑うかもしれないけど、そしたら一緒に笑うんだ。

「…俺だってマスタが足りません」

声はちょっと震えたけれど、笑い返せた。

「じゃあ早く治さないと」

「そうですよ」

「カイトも泣けないしな」

抱き寄せられるまま肩口へ預けていた額を思わず上げた。
驚いて瞬くと優しい顔で笑われる。

我慢しなくちゃ、なんて思う間も無かった。

「…そうですよ」

じわりと滲んでしまった視界を慌てて拭う。

「だから、駄々捏ねてないでちゃんと寝てください」

「…はい」

苦笑したマスターに笑い返して、布団に入るのを見届けてから部屋を出た。

今は、悲観的になってる暇なんかない。

ひとつでも多く、俺ができることをするべきだった。


end
シックショックの青版を、と言ってくれた方へ!
赤版(マスタは違う人です)こちら・v・)つ

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