彼へカレー
『理想の予想』の前日マスカイ
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「大丈夫、美味いよ」
鍋を混ぜたおたまに口を付けて、告げた隣で。
「…ほんとですか?」
こちらの左腕を抱くように掴んだまま、見上げてきたカイトは心配そうな顔をした。
そのどれかひとつでも、意識的な仕草があれば、それを理由にこちらも動き易いのだけど。
全てになんの意図も無いから、結局はただ眺めるだけしかできずに終わる。
「…ああ、カイトには辛いのかなぁ」
ゆうに数秒、必要以上に送っていた視線をカイトが気づくことはなく。
真剣な瞳は目前の鍋に夢中で苦笑した。
おかえりなさいの代わりにすみませんと謝られた玄関先で。
助けてくださいなんて半ベソかいたカイトに腕を引かれたから。
何事かと一緒に向かったキッチンで盛大に和んだ。
カイト曰く、味見したら辛い気がして、水を足したら薄まりすぎて。
またルーを足したら振り出しに戻る、を繰り返した結果。
どんどん量が増したらしい夕飯は確かに、なみなみと鍋を満たしてはいるけど。
「すげぇ腹減ってるから嬉しいよ」
ありがとう、と笑い返すと瞳の淵に未だ涙を溜めたままカイトがようやく笑うから。
その緩んだ頬の感触を指先以外で確かめたくなって困った。
「マスター昨日、カレー食いてーって」
言ってたから作り方調べてみました、と告げられた事の動機に追い討ちを掛けられる。
会話した記憶は無いからたぶん、テレビか何かに触発されて呟いたのを聞かれたらしい。
こういうのは本当に、堪らなくて参る。
「じゃあ…」
カイトを食べたいって言ってたら違った結果になったのか、なんて。
程度の浅い屁理屈を捏ねてでも懐に収めたくなって自重した。
せっかく向けられている好意を自ら貶めることはしたくない。
この子の意識がこちらに追いつく過程をゆっくり愉しむべきだと思う。
見上げてきたカイトが小首を傾げるのに笑い返して。
「…飯にしよっか」
「はいっ」
愛しいと想う気持ちに比例して増える欲求を、食欲で賄うことに意識を向けた。
end
マスカイ詳細版を、と言ってくれた方へ^^
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