夜拠る
『拠る夜』の後編的な
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本当はもう、だいぶ前に感情は落ち着いてきていて。
涙だって止まってるってマスターだって気づいてる。
ぐしゃぐしゃに濡らしてしまった肩口は最早冷たく、
押し当てた肌に触れる生地は心地良いとは言い難いのに。
一定のテンポで背を擦る掌や、ゆったりと腰を抱く長い腕が離れるタイミングを計ってる様に思えて。
首へ回したままの両腕に力を籠めると、耳元で笑った気配がした。
「アカイト」
静寂に宥めるような声が響く。
どれくらい同じ体勢で居たか分からない。
いっそこのまま眠って逃げてしまおうかとも思ったけれど。
俺が疲れてきてるんだから、こちらを抱え込んでるこいつは恐らくもっと、だろう。
仕方なく腕を解いて乗り上げていた脚の間から冷えた床へとずり下りた。
たったそれだけの距離だ。
マスターの右に置かれた灰皿よりも、俺の方がまだ近い。
というのに、触れていた体温を失っただけで酷く落ち着かない気分になる。
一言でいい。
足りない、って。
まだ足りない、って言ってしまおうか。
でも、拒絶されたら?
先に突き放したのはこちらなのに。
逆を考えて怖くなる身勝手さを、もう呆れられてるかもしれない。
言ってない言葉もある。
続く沈黙に耐え兼ねて何か言おうと顔を上げると、触れてきた指先が頬を拭って目が合った。
「愛の告白なら聞くよ」
微笑んだマスターがたぶらかすような声を出すから。
こんなんじゃだめだと思った矢先に、このままでいいのかなんて甘えが出てくる。
「…ばっかじゃねぇ、の…」
おまえが先に言え、と近くの膝をはたいて返した虚勢にマスターが笑って。
「じゃあベッドの上で言おうか」
聞きたかったらおいで、とか軽くひとの頭を撫でると先にひとりで行ってしまう。
狡いと思う。
けれど、謝れていない時点でこちらも同じで、望んでいることもきっと同じだ。
「…聞かせたかったら迎えに来いよなっ」
寝室のドアが開く音を耳に叫んでも。
呆れたように笑われるだけで、見放されはしないってもう分かっていた。
end
拠る夜の赤視点を、と言ってくれた方々へ^^
後編って感じになりましたが
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