caution or action
「あ、そうだ」

唐突に色褪せた声に一瞬ついていけなかった。

たった今まで流れていた筈の空気は、その一言で嘘のように四散していて。

急には息が整わないこちらが、おかしく思える程だった。

「…なに」

だからこそ、不機嫌な声色になったのだけど。

意外そうに瞬いたマスターが笑って、額に軽く口付けてくる。

さっきまで唇に触れていたときとは違う。
あからさまなご機嫌取りに、ますます面白くない気分になる。

けれどここで、機嫌を損ねること自体がこどもっぽい気もするし。

キスを中断された不満だと受け取ったのなら、このひとの妙な前向きさは嫌いじゃなかった。

少し笑ったのはその所為だったけれど、機嫌が直ったのだとでも勘違いされたらしく。

身体が浮いて、乗り上げていた膝からソファへと下ろされる。

「土産、あったんだった」

直ぐに離れた人は鞄を漁って、若干くたびれた紙袋を持ってきた。

はい、と手渡されたそれと、マスターを順に眺める。

「なに警戒してんだ」

「してない」

にやにやした笑顔にむかついて、開けた袋から出てきたのは黄色いアヒルのおもちゃで。

「…なに、これ」

「湯船に浮かべたりするやつ?」

似合うな、そういうの、と笑うマスターをはたきたくなった。

「ばかにしてんの」

「褒めてんだろ、可愛いなって」

風呂、一緒に入ろうか、と続く誘いの真意が読めない。

マスターは最早すっかり普段どおりの顔をしてはいる、けど。

さっきまでの流れと切り離しては考えられなかった。

「なに、警戒してんだ」

してないって返してもいいものか迷うことが既に恥ずかしい気がして。

顰めた眉間にまた軽くキスされる。

不慣れなこちらに躊躇って警戒してるのはマスターだって同じじゃないか。

そう、言葉に出せればきっと展開は進むのに。

「…あわ風呂にしたい」

「ああ、いいよ」

笑ったひとは、あやす手つきで髪を撫でてくる。

子ども扱いするなと腹が立つくせに、挑発するだけの勇気はなく。

結局はいつも土壇場で幼さを盾に逃げてる。

何の色気もなく暢気な顔したおもちゃは確かに、今の僕にはお似合いだった。


end
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