たがいちがい
カウンター席のみの店内は狭く。

ゆるやかに流れるクラシック音楽をぶった切る様に置いた珈琲代に、上がる視線は二対。

「帰るよ」

その内のひとつ、深紅の瞳が驚いたようにこちらを見つめた。

連れ去る勢いでアカイトの手を引いて後にする喫茶店は、待ち合わせによく使っていた馴染みの場所だが。

ありがとうございました、と背後に掛かった声の主は、見慣れた初老の店主ではなく。

アカイトの隣で笑っていた男だった。

俺があと5歳若かったら、店員ならカウンター内に居やがれと怒鳴っていたかもしれない。



「おい…待てって!」

むかむかしながら歩いてた所為で、半ば引きずるように手を引いていたのに気づかなかった。

痛ぇって言ってんだろ、と手を振り払われてやっと我に返るけれど。

謝るより先に今度は振り払われたことに苛立つ。

こんなのは下らないただの嫉妬だ。
そう、頭の隅では分かっている。けど。

「誰?あれ」

冷静になりきれずに出した声音は、聞かせたことが無い程に、ひどく素っ気無かった。

アカイトの表情が見る間に強張ったのは、きっとその所為だって。

それも分かってる、でもだめだ。
脳裏に過ぎるフレーズが頭から離れない。

俺はだめであいつはいいのか、って繰り返し繰り返し。

焦るつもりはなかった。
でもいつかはって思っていた、し。

向けられる相手は当然、俺だと…


思ってた、だなんて。

順に巡れば、何のことは無い。

間接的に見るって可能性を予想もしてなかった自分に呆れた。

このコが誰の前で、どんな顔しようと、このコの自由じゃないか。

「…おまえが笑ってたから、なんか、驚いて」

身勝手な苛立ちを通り過ぎてしまえば、最早空しいというか悲しいに近く。

「ごめん」

自嘲の溜息を落としてやっと冷静になれた。

ついさっきまで、あんなに楽しそうに話していたのに。

どうしたらいいか分からずに眉を寄せて、押し黙るしかないアカイトが可哀相だ。

「…何、話してたんだ?」

聞いたのは純粋な興味だったけれど。

言って直ぐ、詰問っぽかったかと後悔した。

責めてるわけじゃないと伝えるために伸ばした手は、

「…なし」

「え?」

頬へと触れる前に宙に止まることになる。

「おまえの話」

小さい声で呟いたアカイトが、叱られた子供みたいな顔をして。

「でも、嫌ならもうしない」

こちらの視線を避けるように先を行く。

離れていく歩数がそのまま気持ちの距離にも見える。

告げられた真実に浸ってる場合じゃない。

掛け間違えたボタンみたいな状態を一刻も早く何とかすべく、慌てて後を追いかけた。


end
募マス箱より「他の人に可愛がられてるアカイトにやきもち焼いて突き放したらアカイトも一歩引いちゃってあわあわする20代半ばな」マスターでした。
突き放す前に謝っちゃったミラクル、実にすみません。
寄付して下さった貴方様へ捧げます。ありがとうございマスター!^^

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