侵食寝食
事後注意
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「おまえってM?」
ふと浮んだ疑念を真剣に聞いてみた途端、マスターが飲んでた缶ビールで噎せた。
「げほ…っな、…に…って、だ」
しかも気管に入ったらしく。
「なに言ってんだ?」
代わりに言ってやると、涙目のままコクコク頷く。
窓際の間接照明が、乱れたベッドも隣で揺れるその髪も、気持ち程度の灯りを落す。
薄暗いこの場だって分かる。
疲れた面、してるくせに。無駄な体力を使うあたり。
「追い込むのが好きだとしか思えねー」
じゃなきゃ、ただの馬鹿だ。
疲労時の欲情は生殖本能らしいが、
納期明けで二徹のサラリーマンは大人しく寝るべきだ。
呆れの息をついた俺から、笑ったマスターが視線を逸らした。
枕を抱いてうつ伏せるその頬で、睫の影が瞬きに合わせて揺れるのを見る。
「…今日、褒められて」
「うん?」
「寝不足ん時の俺って」
色っぽいらしいよ、と他人事のような声音。
「おまえに見せなくちゃと思って」
とかなんとか半ばうわ言のように呟くと、灯りの溶けた瞳を細めて艶やかに笑う。
「どうだった?」
「…。」
だめだ、手遅れだった。馬鹿だ。
けれど、このどうしようもなさがクセになってる俺の方が、よっぽどどうしようもないのかもしれない。
「でも、もう限界…寝る…」
宣言と共に上がった寝息を耳に、呆れたらいいのか安堵したらいいのか分からないまま溜息をつく。
「それ、褒められたっつーか…」
口説かれたんだろ。鈍いな。
どこの誰だか知らないが、ご愁傷様、と温くなった缶ビールを手に苦笑を呑んだ。
end
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