余裕の猶予
『猶予の余裕』の二人のような
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愛情を惜しむつもりは無いけど。
今の距離を急いで詰めるつもりも無かった。
進むときは恐らく一気に進むのだから、それまでの間をのんびり楽しむのも悪くないと思う。
可愛いと思えば言葉になるし、愛しいと思えば伝えるけれど。
数え切れない程に繰り返しても、困った様に眉を寄せて。
狼狽に染めた目元を逸らすアカイトの仕草だけでも充分だった。
全く応えを期待してない、と言えば嘘になるが。
言葉として返らなくても、分かることもある。
伝える手段が違うだけで、想う事が同じならなんの問題も無い。
言える方が言えばいい、そう思っていたから。
「なんだ、その顔…」
不満げに指摘されてやっと自分の表情を意識した。
恐らく間の抜けた顔してんだろうな、とは気づいても直ぐにどうでもよくなった。
「…俺も?」
今し方、躊躇いがちに袖を引かれて、聞いた言葉を繰り返す。
別に、追い詰めるつもりは無かったけれど、結果的にそうなったらしく。
口を噤んだアカイトの染まった目元に、困惑と動揺が色濃く滲んだ。
おまえが好き過ぎて死にそうだ、と。
自分で言っといて、まぁ何だが。
おまえそれはどうなんだって自嘲が湧く様な告白に、まさかの同意が返ったのはたった今、で。
これまでのやりとりを思えば、暫し呆気に取られても仕方ない、とは思うけど。
「嬉しく、無いのか…」
降りた沈黙をそう捉えたらしいアカイトが怒りたいのか泣きたいのかその両方なのか。
眉を寄せて見上げてくるからやっと。
止まってた時が動いた。
「…嬉しいけど、狡いなぁと思って」
こちらの余裕の猶予を握ってるのはアカイトだ。
俺が紡ぐ言葉の数なんて、そんなもの。
いつだって、このコの一言に勝てないのだから。
せめてもの悔し紛れに。
「…キスしていい?」
してから聞いたら、じわじわと火照った顔で。
狡いのはどっちだと、怒って泣かれて思わず笑った。
end
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