急速に休息
眦を下げて穏やかに、彼は笑う。
首を傾げる仕草は癖らしく、笑うと質のいい髪先が僅かに揺れる。
すこし困ったように見えるのは眉まで下がる所為か。
その笑顔を見てしまうと、いつも駄目だった。
「…んン…っふ、ぁ…」
息苦しそうな呼気はとても近くで聞こえていたのに、
唇を離して熱に浮いた瞳を覗き込むまで、それが自分の所為だと気づかずに。
濡れた唇の端を拭ってやる頃決まって一度、冷静な自嘲が入る。
衝動的にひとはだを欲する歳でもないのに、と。
玄関先の照明は真っ白ではなく、暖色のオレンジで。
その灯りが、上気した彼の頬に混じると艶めいた色になる。
廊下の白い壁紙に青藍の髪が綺麗に映えた。
あと数歩行けばリビングで、もう数歩足せば寝室なのに。
何で毎回待てないのか、俺は。
「ごめん…えーと…」
してしまったことと、これからするつもりのこと。
どちらを先に謝るべきか迷ってるうちに、カイトの指先がコートもまだ脱いでいない俺の腕をゆるやかに掴んで。
「あ、の…大丈夫、です」
恐らく彼も、両方に対する意味で言葉に出したのだろう、恥じ入った顔を見せた。
どうしようもなく疲れていた。
こんなとき、今まではどうしてたんだろう。
過去を今直ぐ思い出したいわけじゃない。
とにかく早く癒されたかった。
「しつこくても?」
掴まれていた手をとって室内に誘う。
少し笑ってみせると彼の目元がさっと染まった。
「…だ、大丈夫、です」
俯いた際に覗いたうなじが赤い、愛しいと思う。
結局、向けられた笑顔に、ただいまを返せてなかったと思い出したのは、彼と惰眠を貪った後の寝台で。
浴びる朝日の中、口にした今更の挨拶に小首を傾げた腕の中のカイトは、いつものように。
穏やかな笑顔で、二度目のおかえりなさいを言った。
矢でも鉄砲でも、と浮んで直ぐ俺の日常に関わりは無いなと思う。
差し当たり、起こり得るなら。
斜め上を行く部下の突飛な言動も、
無茶振りが好きな上司の気紛れも、
同情できる取引先の理不尽な要求も。
なんでも来いと思い直して、柔らかな髪先に口付けた。
end
募マス箱より「仕事が忙しくていつも疲れてる。カイトの笑顔に癒される30代くらいの社会人」マスターでした。
マスタに合わせてかカイトの精神年齢も少し上がりました笑
寄付して下さった貴方様へ捧げます。ありがとうございマスター!^^
[歌へ戻る]