安堵 and
「それ、本気で言ってる?」

聞き慣れたマスターの声は、
いつもより寧ろ甘さを含んだ声色なのに。

身体がびくりと強張ったのは初めて核心をつかれたからだ。

今思えばいくらでもその機会はあった、のに。

そんな風に踏み込んで聞き返されたことが無かった。

ただいまと一緒に髪を乱す掌の温度はいつもより高かったかもしれない、と今更思う。

鬱陶しいと跳ね除けた後の返答がひとつ、変わっただけで。

日常的な戯れ言はこんなにも簡単に色を変えた。

マスターは笑顔だけど、感情がまったく読めない。


眼下の足が一歩、こちらに近づくそれに怯んで。

「…っ」

何か言い返そうと開いた口は息を吸うことしか出来ずに。

視界の隅を横切った片手が背後の壁に音も無く付く。

「…俺に、触られるの嫌、なんだ?」

責める色は微塵も無い。
あやすような声音を受けた耳が急速に熱を持つ。

ふわりと鼻先を掠めるのは、目前のコートが纏う外の空気と。

「酒…」

臭い、とやっと出せた声は上擦って掠れた。

「おまえ、酔って…」

「どうかな」

「…っ」

笑う吐息はわざと耳に掛けてるとしか思えない。

圧迫された空間に喉が渇く。
ばくばくと鳴る鼓動は煩い。

性質の悪いこの酔っ払いより俺の方が、脈も体温も正常じゃない自覚はあった。

「逃げたかったら逃げてもいいよ」

顎の下を掬われて強制的に合った瞳は、はっきりとした情欲が混じるのに甘い。

愉しそう、だとも思う。

唐突に投げられた主導権に戸惑った時点で、軍配は見えたようなものだった。

「…ッ、んっ」

触れた間も置かず差し入れられた舌先は強い酒の味がする。

壁に縫い止められた手首が痛い。

こいつはアルコールが抜けるのと一緒に記憶も飛ぶタイプだろうか。

その時、自分は安堵するのか、それとも今よりもっと焦れるのか。

その、どちらもなのか。

考えていられたのは僅かな時間で。

膝の力が抜ける頃には、全てどうでも良くなった。


end
募マス箱より「お酒に弱い」マスターでした。
オプションで絡み酒&キス魔を付けてみました。すみません。
寄付して下さった貴方様へ捧げます。ありがとうございマスター!^^

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