故意恋
玄関先に無数の紙袋。
覗いたら、靴とか服とか本、DVD、ワイン、あ、アイス!
買って来た本人はと言えば、それらを放置したまま浴室に消えてしまった。
とりあえず苦笑して、後を追う。
溶けちゃうものは、手に持って。
「マスター」
「あ、おまえ勝手にアイス食うな」
バスルームは音響がよくて好きだ。
マスターの声も俺の声も響く。
「マスターが放置するから」
「…。」
濡れた髪をマスターが掻き揚げた所為で、せり上がったお湯が浴槽から零れる。脱衣所と浴室の間でしゃがんだ俺の素足を濡らす。
「…出たらお酒飲みますか?」
「…うん」
じゃあ冷やしておかなくちゃ。
「映画は?」
「観る」
じゃあ俺も付き合います。
「のぼせる前に出て下さいね」
「…カイト」
準備しようと立ち上がった背後からエコーの掛かった声に呼び止められて。
「はい?」
「…なんとかなるって言ってみて」
詮索を拒む苦笑に、いつも通りの笑顔を返した。
「…なんとかなります、よ」
衝動買い、お酒、好きな映画、長風呂。
マスターが元気になる方法。
「悪い…ありがとう」
その中に俺も含まれるなら。
何も聞けない苦しさも、紛れる気がした。
end
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