いつか、いつか。
44個目のSSなので死ネタです
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連想せずにはいられなかった。
マスターが俺の前で涙を見せることは無く。
ただ傍にいて、一晩中手を繋いで、抗えない時の流れを過ごした。
か細い鳴き声は一声で、ちいさいけれど、感情を揺さぶるには充分だった。
マスターが掠れた声で、名を呼び続けるから、喉が詰まって俺は上手く息も出来ない。
伸びた四肢から力が抜ける。
旅立ちは静寂を連れて来た。
繋いでた手に力が篭った。
何も言えずに握り返した。
ついさっきまで温かかった毛並みが、ひやりとした朝の空気と同じ温度を纏う頃。
撫でる手を止めたマスターが、お疲れ様、と愛犬に呟いた。
「大往生だ」
優しい声音に頷くことしか出来ない。
覚悟なんてずっとしてた。
ずっとしてたのに。
大事なものを失う事に出来る覚悟なんて無いんだとやっと気付いた。
震えたのは俺の手で、顔を上げたマスターと静かに目が合う。
「カイトが居て、良かった」
生の灯る瞳の中に、無機質な俺が居る。
いつか、いつか。
end
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