何度でも、何度でも。
マスターのファイルにはたくさんの曲が入ってて。

その中でひとつだけ、ひっそりと開かれないデータがあった。



「あの、マスター」

今日は天気が良くて、陽射しが綺麗で、マスターも笑顔で、なんとなく今なら。

「この曲…聴いてもいいですか?」

いいかなって気持ちで、聞いてみた。

「えっ?」

「あ、ダメなら、いいんです」

すみません、と慌てて謝る。
馬鹿だな、なんで『今なら』なんて思ったんだろう。

きっと大事な曲なんだ。

「カイト、いいよ。聴いて」

何、泣きそうな顔してんだって笑われて、眺めた窓に映る自分が余りにも情けない顔をしてて。

マスターが髪を撫でてくれるから、なんだかもっと情けない顔になっていた。



このコが、俺に何か要求するなんて初めてで。

驚いた途端泣きそうな顔されて、また驚いて笑ってしまった。

宥めるつもりで髪を撫でるとみるみる顔が赤くなる。カイトはかわいい。

許可を得る視線を受けて頷くと流れ出す懐かしいメロディ。

「あ、あ、あ…」

曲に合わせて歌いだしたカイトに俺も、恐らく本人も驚いた。



どこか甘い旋律は俺の知らない曲なのに、勝手に声が出る。

マスターを見ればやっぱり驚いた顔をしてる。でも優しく笑ってくれる。

なにかを懐かしむように、切ない顔。どこか身体の奥がきゅっと痛くなった。エラーかな?

「歌詞、あるけど。ちゃんと歌ってみる?」

「はい!」

この曲好きです。って言おうとして止めた。
言ったらきっと、マスターはまた寂しげに笑うんだと、思った。

だから。

「マスターが好きです」

「…俺もカイトが好きだよ」

いつもはもっと嬉しそうに笑ってくれるのに、マスターはやっぱり悲しそうな笑顔で。

くしゃりと髪を撫でてくれる体温はいつもと変わらないのに、なんだかやっぱりどこかが痛い。

「また、泣きそうな顔してる」

「…マスターが好きです」

言った瞬間、首の後ろに回ってきた掌に引き寄せられて、思わずマスターに凭れかかった。

びっくりして声が出ない。
だって、マスターがこんなに近いの初めてで。

足早に鳴る警鐘が煩くて、いよいよ本格的にエラーかもしれない。



「カイト、耳、赤い…」

「わ、笑わないで下さい…」

服の端をぎゅうと握られる。声が震えてる。
前に初めてこうしたときもカイトは驚いて、同じ事を言った。

部屋を満たすこの曲は、俺が初めてカイトの為に作った曲で。

柄にも無くゆるやかなバラードは甘いだけの稚拙な構成。

それでも、カイトはこの曲を好きだと言ってくれた。

のびやかな歌声は未だ耳の奥で木霊する。


致命的なウィルスだった。
どうしようも無かった。

俺は、カイトを――初期化した。


何も知らないこのコが幸せそうに笑う度、身が竦む。

また、同じことが、あったなら。

それでも。

「俺もカイトが好きだから」

もしもまた全て忘れてしまっても、それだけは変わらないから。

俺は君を好きになる。


何度でも、何度でも。


end
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