start as start!
over & over』のふたりのような
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「えっと…お掃除、ですか?」

室内を見渡したカイトが数秒悩んで、出した結論に感心した。

「…良く分かったな」

片付ける前より散らかってるのに。


「どうしたんです、急に…」

窓開けますね、と少し笑って換気に向かうカイトの背を見送って。

見上げた室内は言われてみれば確かにかなり埃っぽい。

射した日に照らされて妙に綺麗に舞う塵が示す風の道。

読んで積んだままの本、
雑然としたライティングデスク、書き掛けの譜面に塗れたピアノ。

順に辿る風上で靡く青藍。

揺れる毛先をぼんやりと眺めていたのに気づいて。

束ねていた本へ無理矢理視線を戻した。
駄目だな、気が抜けると直ぐこれだ。

「いや別に…少し、整理したくなって」

せめて目に見えるものだけでも、とは言えない。

「…明日は雨、ですかねー」

床に散る楽譜や本を避けて近づく足先。

「かもな」

苦笑の声音に付き合って同じものを返す。
冗談です、と直ぐに降ったフォローにまた笑った。

「何か手伝います」

「いや、大丈…」

言い掛けて、目の前でしゃがんだカイトと目が合う。

「…じゃあ、ピアノの楽譜、纏めて…」

「はいっ」

無言の落胆に負けて頼んだ協力に、返る笑顔は純粋すぎて。

とてもじゃないけど同じものは返せそうに無いな。

向けられる好意の意味を穿き違えたくなる。

いくら部屋を片付けたところでこいつが近くに居る限り
俺の心情なんて、片付くはずないのに。俺も大概、馬鹿だな。

「…マス」

思わず落ちた溜息が聞こえたのか、カイトが何か言い掛けた、その矢先。

鼓膜を揺らした突風が不意な強さで、ピアノの上、
積んだ楽譜の束、気まぐれに巻き上げて去る。

「…窓、開けない方が良かった、ですかね」

「いや…慣れない事はするなってことかも」

宙に舞った譜面の白さをふたりで仰いで、辺りに降る紙の雨に苦笑した。

自然と目が合う。
この空気が、凄く好きだと思う。

想う感情は決して平穏なものだけじゃないのに、
過ごす時間の穏やかさを結局は手放せない。

伝えなければこの距離が、
この関係が、保てる?―それでも。

「…俺、カイトが好きだ」

一度抱いた感情を無かったことになんか、やっぱり出来ない。

「……マスター…?」

大きく見開かれた瞳には真意を問う色。

「好きだよ、すごく」

伝えられるだけのものを声音に乗せる。

向けられる視線が戸惑いに揺らぐのを、音も無く舞う最後の楽譜が遮っていく。

「……マスター、俺は…」

ゆっくりと落ちるそれより先に、ぽつぽつと床を濡らす綺麗な雫。

「…っ俺も、マスタ、が…」

震える声音はどこか現実離れして耳に届いて感情にはまだ届かない。

「好きですよ…すごく」

本当に俺は馬鹿だと気づくには、あと少し時間が掛かりそうだった。


end
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