over & over
『想い想い』の二人のような
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甘く切ない旋律は華美な程に高く響き。
繰り返される低重な音階が追って感情を引き込んでゆく。
びっくりした。
ドアノブを掴んだまま、半ば凝視していた盤上の指先が止まる。
「…カイト?」
途切れて尚も、淡い余韻が耳に残って、呼ばれた声に気づくのもちょっと遅れた。
我に返って視線を上げればマスターと目が合う。
「あ、すみませ…っ勝手に、入って…」
「いや、いい。けど、おい」
困惑したマスターがピアノを離れ俺へ近づく、頬に触れる、そこで初めて。
「何、泣いて…」
のどの奥が詰まったように痛い、理由に気づいた。
「えっと…あれ?すみません…」
「カイト?」
「なんか、あの、びっくりして…」
知ってる言葉を探してもそれしか思いつかない。
びっくりして、おどろいて、息が詰まった。
だってあんな…曲、聴いたこと無かった。
激情と絶望が綯い交ぜになったような。
旋律は甘いのに哀切が滲む。
叶わないと知っていて尚も想う――そんな、曲、なんで。
だってそれは、俺のきもち、みたい。
「カイト…こっち」
手を引かれ促されるままソファへ腰を落す。
マスターの瞳は優しいけど、どこか後悔の滲む色。
俺が勝手に聴いたから?
聴かれたのを後悔してる?
譜面台に書き掛けの楽譜。
マスターが作った曲。
マスターは誰を、想って、あの曲を。
黙り込んだ俺の背をおっきな掌がさすっていく。
さっきまで、あのピアノを弾いてた手。
それ以上優しくされると、勘違いしちゃいそう、です。
「マスター」
「ん、ああ、落ち着いた?」
「…はい」
嘘をついた。
体温が離れた途端不安になるのに。
触れてる間の動悸より楽に思えて。
毎回同じ嘘をついて。
毎回同じ後悔をする。
結局はいつだって、マスターを想うと冷静でなんていられない。
マスターも誰かへ、こんな想いをしてたのかな、してるのかな。だとしたら、俺は、
「…さっきの曲…伝わるといいです、ね」
マスターが苦しいのは嫌、です。
息を吸うのも吐くのも身体が軋んで痛い、けど。
たぶん、笑えて言えたはず。
息を呑んだマスターは、視線を逸らして。
「…俺もそう思う」
どこまでも切なく笑った。
end
over and over
何度も繰り返す(想いの交差)
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