フー・イズ・ヒー





俺には生まれた頃からずっと一緒に育ってきた双子の弟と家の近所に住んでいた幼馴染の女の子が居た。弟は千歳といって、いつもへらへら笑ってばかりのお調子者で、幼馴染は千絵子といって、自分の気持ちを素直に表に出すのが苦手な控えめな子であった。弟が千歳で、その兄である俺は千明、幼馴染が千絵子――三人共「千」という文字が共通していて、まるで三人兄弟(一人は妹だけれど)のようだと、周りから言われたりもした。
 そんな三人は、小さい頃から何をするのにも一緒で、共に過ごす時間はとても長かった。俺はこの関係を何よりも大切にしたいと思ったし、三人で過ごす時間がいつまでも続けばいいと思っていた。
 しかし、一つだけ複雑な問題があった。それは、俺が千絵子に長い間片想いをしているということだ。それは望みのない片想いだった。というのも、千絵子は弟の千歳のことが好きで、そしてまた、双子だから好きな人の好みも似るのか、千歳もまた千絵子のことが好きで、二人は付き合っていたからである。なんて最悪な状況なんだと自分でも思う。笑えるぐらいに最低最悪なシチュエーションだ。これを神様の悪戯だと言うのなら、悪戯という言葉の定義をもう一度考え直すべきだと言いたい。
 俺は千絵子のことのことが好きだけれど、それに負けないぐらい弟の千歳のことも大切に思っていた。だからこそとても複雑な心境だった。
 幸せそうな二人を見て、俺は何度苦しい思いに打ち拉がれたか分からない。何度も諦めようとしたのだが、それでもこの気持ちを捨て切れなかった。心から彼女以上に好きだと思える女性を見つけることはできなかったし、そもそも自分が彼女以外を好きになるなんて考えられなかった。それぐらい俺は彼女を深く愛してしまった。我ながらやっかいな男だ。自分でもそう思う。

 心の奥底に彼女への気持ちをしまいこんで、俺は平然とした顔をして、恋人同士の二人の隣で微笑んだ。傷付くぐらいならば離れてしまえばいい。誰もがそう思うかもしれないが、俺は千絵子への気持ちに負けないぐらいに、この三人でいつまでも一緒に過ごしたいという強い思いがあったのだ。 
 そんな日々が当たり前のように続くと、次第に自分の気持ちを押し殺すことがとても上手になっていく。おそらくこの気持ちは誰にも気づかれてはいないだろう。そのことに関してはとても強い自信があった。
 中学、高校のときはそれなりに苦しかった。目の前で幸せそうに微笑み合う二人を見たとき、そこには決して入り込めない二人だけの絆のようなものを感じて、自分だけ一人、置いてけぼりにされてしまったような気がして、怖くなった。
 だけれど、大学に入るようになって、心が成長したのだろうか、相手が、大切な弟である千歳ならば、二人が結ばれても構わない。千歳にならば千絵子を任せられる。それが兄として弟にしてやれることなのかもしれない。そんなふうに思うようになったのだ。
 そろそろこの気持ちを完全に断ち切らなければいけない。大人になるにつれて、その思いは日に日に強くなった。


 そんなとき……あの事件は起きた。やっと自分の中で決心が着いた矢先に、どうして。どうしてこんなことが起こってしまったのだろうか。神様の悪戯というやつには、いや、神様の呪いというやつには、実はまだ続きがあったのだ。神様は残酷だと、ここまで強く思ったのはこれが初めてだった。
 それは突然の出来事であった。突然過ぎて、あれから二年が過ぎた今でも信じられない。

 ――その日、俺は大切な家族を失った。
 あいつは、千歳はまだ生きていて、いつもみたいにまた、ドアの向こうから「ただいま」とひょっこり顔を出して来るんじゃないか。暢気な顔をして、へらへら笑って、何事もなかったかのように俺の前に現れるんじゃないか……そんな気がしてならなかった。それでも千歳はもう、この世には居ない。いくら信じられない出来事だと思っても、頭の中には鮮明に焼きついているのだ。駆けつけた病院のベットの上で変わり果てた姿で眠るあいつの傷だらけの顔が、包帯で巻かれた血塗れの体が。転がったボールを拾おうと、道路に飛び出していった子供を慌てて助けて、そのまま車に轢かれたのだそうだ。それを聞いて俺は、あぁ、なんてあいつらしい、綺麗な死に方なんだろうと、そう思った。
 だけれど、このことで、もっとショックを受けたのは、千歳の恋人であった千絵子だ。千歳の亡骸を見たとき、彼女は涙を一粒も流さなかった。あまりの衝撃に感情がついていけなかったのだと思う。その後の葬式でも、彼女は決して涙を見せなかった。それどころか、彼女は俺の前で、いつもと変わらない笑顔を見せるのだ。
 幼い頃から、彼女は自分の感情を表に出すのが苦手な人間で、辛い事があっても無理をして笑うことが多かった。そんな彼女の様子に最初に気がつくのは俺であったけれど、彼女の悩みを聞いてやる役目は千歳がしていた。千歳はそういったことが得意で、いつも俺は、弟に頼ってばかりいた。
 だけれど今回は、そういうわけにはいかなかった。俺は千歳の代わりに、彼女の話を聞いてやらなければならない。

 千歳が死んで、二ヶ月が経った頃。俺は一つの決心を心に決め、彼女の住む家を訪ねた。久しぶりに訪ねる、一人暮らしの彼女の部屋は、以前とがらりと印象が違って、ひどく殺風景に感じられた。余計な物が何もなく、生活する上での必要最低限の物以外はすべて無くなっていた。そのせいか、彼女の部屋からは生活感があまり感じられなかった。それから最初は他愛もない話をした。千絵子が淹れてくれた紅茶をおいしいと褒めたり、ここに来るのは久しぶりだね、なんて言い合ったりして。その後もしばらくタイミングを窺っていた。千歳についての話題は二人の間で暗黙の了解でタブーとされており、彼が亡くなってからずっとその話題は避けてきた。それでも踏み込まなければならない……このままずっと、心の中にわだかまりを抱えながら過ごす事は、お互いのためにも、よくなかった。それに千歳だって、そんなふうに自分の話題がまるで腫れ物のように扱われるのは嬉しいはずがない。そう思って、俺は静かに深呼吸をした。

「あいつが……千歳が死んでから、もう二ヶ月だな」
 彼女の顔が少しだけ引きつったのを、俺は見逃さなかった。
「信じられないよな。あまりにも突然すぎて、頭の中、まだ混乱してるよ。ときどき無意識のうちに、俺、家の中であいつの名前呼んだりさ、あいつ宛にメール送ろうとしててさ、いつ帰ってくるんだ、とか今テレビでお前が好きそうな番組やってるんだけど、録画するか? とか。バカだよね、俺。本当にあいつが死んだなんて……嘘みたいだ」
 彼女は黙ったまま俺の話を聞いている。何かを必死で堪えるように、ぐっと押し黙ったまま、それでも俺の話を聞こうとしている。
「あいつ本当、昔からバカだったよな。へらへら笑って馬鹿なことばっかりして、いつも俺たちを笑わせてさ……お調子者っていうか。それに人が良すぎるとこあってさ、いつも自分のことを犠牲にして、他の誰かを庇ったり、それでとばっちり受けても平気な顔してさ」
 喋りながら、鼻の奥がつうんとするのが分かった。でも泣いちゃだめだ。あいつが目の前で必死で耐えているのに、俺が泣いてどうする。そう思ってぐっと堪えた。そして、千絵子の肩を優しく掴んで俺は言った。
「なぁ、千絵子……もう我慢しなくていいんだ」
 その肩の細さに、驚愕した。あいつが死んでから、痩せたなとは思っていたけれど、こんなにもぎょっとするぐらい違いが分かるなんて。
 彼女の肩が小さく震えるのが分かる。こんな小さな体でずっと一人で色々なものを背負い込んできたんだ。
「泣いていいんだ。千絵子」
 肩を掴む力を少しだけ強める。じっと彼女の目を見つめ、視線を合わせる。
「俺が全部、受け止めるから。お前の悲しみも、苦しみも全部……俺が受け止めるから。だから全部吐き出していいんだ」
 その瞬間、千絵子の目からは涙がぽろぽろと溢れ出した。
 俺はその小さな体をぎゅっと抱き締めた。千絵子、お前の悲しみを今度は俺が受け止める。俺が千歳の代わりになるから。だからそのまま、すべてを吐き出していいんだ。
「千明君……わたし、このまま消えてしまいたいよ」
 嗚咽を漏らしながら小さく震える体を、抱き締める。長い間、食事も喉を通らなかったのか、前よりずっと、その体は小さく見えて、少しでも力を強めれば、壊れてしまうのではないかという、強い不安にたまらず胸を締め付けられる。
「千歳のところに行きたいよ」
 震える声で彼女はそう言った。俺は彼女の体をぎゅっと抱き締めた。腕の中の彼女が居なくなってしまいそうで、怖くなった。
「千絵子……だめだ。行ったら……だめだ」
 抱き締めても抱き締めても、彼女が遠く感じた。このまま、千絵子までもが遠くに行ってしまうような気がして、俺は彼女を必死にこの腕に繋ぎとめた。
「俺がずっと、千絵子の傍に居るから」
 彼女の耳元で言い聞かせるように、そう言った。このときの俺はとても必死だった。これ以上、大切な誰かを失うのが怖かった。
「千絵子は一人じゃないよ。俺が傍に居る。傍に居て、今度は俺がお前を守るから」
「でも、そしたらわたし、千明君に迷惑掛けちゃうよ」
 彼女は、俺が彼女に思いを寄せていると知らない。だからこそ、そんなことを口走るのだ。
「迷惑なんかじゃないよ。だって俺は――」
 千絵子のことを愛しているから……そう言いかけて、口ごもる。言えない。そんなこと言えない。そんなことを今言ってしまえば、千絵子を傷付けてしまうことになる。千絵子を混乱させてしまう。そう思ったら言えなかった。



 あれからずっと、俺は自分の気持ちを隠して、彼女の傍にいた。あの日、千絵子は俺と、辛くなったらなんでも隠さずに俺に話すという約束を交わしてくれた。その約束どおり彼女は前のように自分の気持ちを隠したりせずに、俺になんでも話してくれるようになった。眠れない日は電話をくれた。突然寂しくなったときは、素直に会いに来てほしいと言ってくれるようになった。
 俺はずっとこのままでいいと思っていた。このまま彼女に気持ちを伝えられないままでも、こうして彼女の隣に居られるならそれでいい。だって、そう思ったのは今に始まったことじゃない。大人になるにつれて日に日にはっきりとしていく気持ちがあったんだ。千歳になら千絵子を任せてもいい。だから俺は、千絵子から手を引かなくちゃならないって。
 でも、その千歳はもうこの世にはいない。なら俺はいったいどうすればいいんだ……俺はどうすればいい。俺はどうしたいんだ。


 千歳が死んでからもうすぐ一年が過ぎようとしていたある日、彼女が怖いと行って行けなかった千歳の墓参りに一緒に行くことになった。千歳の眠るお墓の前に着いて、俺は胸の奥がぎゅっと締め付けられた。千歳の墓の前に来るのはこれが初めてではない。だけれど、弟の死をまだ受け入れられなかった俺は、込上げてくる色々な思いがあった。 
 ふと彼女の方に目をやると、彼女の肩は微かに震えていた。俺はその肩をそっと支えた。

 千歳の墓の前で手を合わせる千絵子の後姿を見ながら俺は、自分はどうするべきかを再び自身に問い掛けた。千歳が死んだ今、あいつの代わりに誰が千絵子を守れる? 誰があいつに寄り添ってやれる? 千歳ならどうするだろう。もしもあいつが逆の立場だったら――もしも俺が死んで、あいつが生きていたら――そしたら。 
 その時、ふと頭の中である一つの決心がついた。やっぱりこうするしかない。そう思ったのだ。
 その決意を胸に俺は千歳の墓の前に立ち、手を合わせた。そうして俺は、千歳にその決意を伝えた。きっと彼ならそれを受け入れてくれるだろう。双子だからこそ分かるんだ。
 千歳……今度は俺がお前の代わりになるよ。


 それからしばらくして、俺は千絵子の家を訪ねた。前までの殺風景な部屋は、少しずつ色づき始めていた。彼女は少しずつ今までの彼女を取り戻していった。
「ねえ、千絵子。突然だけれど、大事な話をしてもいい?」
 緊張で胸がぐっと苦しくなる。鼓動が早まる。
「どうしたの。改まって」
 いつも通りの千絵子は、少し不思議な様子でそう尋ねた。
「ここに座って、俺を見て」
 そう言って、彼女をテーブルを挟んだ向かい側の座布団に座らせる。
「あのね、千絵子。驚かないで聞いて欲しいんだ」
 前置きをすると、彼女が不思議そうな顔で真っ直ぐに俺を見る。それは何も知らない顔だ。これから俺が言おうとしていることも、俺がずっと心の隅においやって、押し殺してきた感情も。
「ずっと前から、千絵子のことが好きでした」
「えっ」
 反応は予想した通り。何を言われているのか分からない。そんな表情を彼女は見せる。
「今までずっと、千絵子にも千歳にも隠してきた。これからもずっと黙っていようって、そう思ってた」
「いったい……いつから?」
「お前が千歳を好きだと打ち明けてくれるずっと前……物心が付いたときから、気づけば俺はお前が好きだった」
「嘘、でしょ?」
「ううん、嘘じゃない。この感情は誰にも言わずに自分の中で押し殺して、そのままずっと隠し続けていようって、初めはそのつもりだったんだ」
 彼女の目がじっと俺を見る。信じられないといった目だ。
「けれど、千歳が死んで、悲しむお前の姿を見たときにね、俺、思ったんだ。千歳の代わりに誰がお前を守れるんだ。ってさ」
 そう言って、俺はテーブルの向こうの彼女の肩をぐっと引き寄せた。彼女は驚いたように一瞬だけびくっと体を強張らせる。
「千絵子……俺は、千歳の代わりになれないかな」
 心臓がばくばくと波打つ。胸が苦しい。たった数秒の沈黙が、何分にも何時間にも感じられた。
 じっと彼女を見る。ゆっくりでいい、何時間だって何日だって何年だって、俺は彼女の答えを待てる。そう思った。彼女の頬に手を添える。そこには涙が伝い、拭っても拭っても溢れ出して止まらない。綺麗な涙だった。
「……ありがとう、千明くん。ありがとう……でも、わたし……わたし、ね」
 震える声で彼女は言った。俺は彼女の涙を何度も拭った。
「もしも、ここで千明くんに甘えたら、わたしはこれからもずっと、何度も何度もあなたを傷付けることになってしまう」
 その言葉に胸が締め付けられる。彼女の優しさがナイフのように心の奥深くまで突き刺さる。でも不思議な事に、その感覚がひどく懐かしくて、心地よかった。
「傷付けていい。傷付けていいんだよ」
 そう言って彼女を肩を抱き、自分の元へと引き寄せる。
「千歳のこと、ずっと好きでいていいんだ。忘れる必要なんてない。ずっと千歳のことを想ってていい……だけど、その代わり、俺をお前の隣に居させて欲しい……お前の傍で、お前を守らせて欲しい」
 たとえ千絵子がこの先ずっと俺を好きになることはなくても、それでも彼女の傍で、彼女を守ることができるならば、他には何もいらない。自分の気持ちなんて、いくら犠牲になったっていい。
 
 それから俺は、腕の中で泣き続ける千絵子を、ただただ抱き締めた。やっと、なれたんだ。千歳の代わりに俺は――なれたんだ。お前の恋人に俺はなれたんだ。

 俺が千歳の代わりになったあの日から、数ヶ月のときが過ぎた。その日。千絵子は俺の家に遊びに来ていた。その日は千絵子の誕生日だった。
「ねぇ、千絵子。今日はお前にプレゼントがあるんだ」
「ほんと? 嬉しい」
 嬉しそうに千絵子が笑う。久しぶりに彼女の笑顔を見れた気がして、胸が高鳴る。やっぱり彼女の笑顔は美しい。
「さあ、ここに入って」
 そう言うと、彼女の表情が少し強張る。少しびっくりさせてしまったかな。だって、ここは俺の部屋じゃなくて千歳の部屋の前だもんね。
「この部屋に入るとね、俺の体の中に、あいつの魂が俺に乗り移るんだ。ふふっ、すごいだろ?」
 動揺する彼女の肩を、俺はそっと掴んで、それから自分の元へ引き寄せた。
「ごめん。この部屋に入ったときだけは、俺のこと、あいつだと思って。あいつの魂が俺に乗り移ったと思って。だから、その時は……その時だけは、俺を見て……俺だけを、見て」
 彼女の耳元でそう言い聞かせると、彼女は静かに頷いた。
 そして俺は、ゆっくりとドアを開いた。

 久しぶりに、このドアを開いた。中には前とちっとも変わらない懐かしい光景が広がっている。お袋の意志で、千歳の部屋は千歳の生前の姿のまま、ずっと残しておいているんだ。その光景を見て、俺は心の中で大きく深呼吸をする。それはまるで、俺の中に千歳の魂を取り込むようだった。
 それから俺は、自分という意識を完全に遮断した。千歳の部屋の中での俺は、完全なる千歳自身だったと言ってもいい。
その証拠に、部屋の中に入り、振り向いて彼女の名前を呼んだ瞬間に、彼女は号泣しながら抱きついてきたのだ。それぐらい俺は千歳を完全に演じてみせた。その自信はなによりも強かった。
 千絵子だったら千歳にどんな言葉を掛けて欲しいだろうか、千歳だったら千絵子になんと言うだろうか……長年の間、二人を見守ってきた俺にはそれが分かった。声は千歳の方が低かったから、わざと低い声を作った。お調子者な口調も、持ち前のくだらないギャグもすべて再現した。立ち方や、仕草、それに雰囲気だって、千絵子よりも千歳と一緒にいる時間が長い俺には、完全に模倣できる自信があった。


「千絵ちゃん……オレ、千絵ちゃんのこと愛してるよ。マジで、世界一、いや、宇宙一愛してる!」
「私もよ。私も愛してる」
 その言葉に一瞬、ドキッとする。完全に断ち切ったはずの俺の意志が、顔を出す。でも、その言葉は俺に向けられたものではない。だって、今の俺は千明じゃない。千歳なんだ。
「ハッピーバースデートゥーユー、千絵ちゃん! 生まれてきてくれてありがとう。君がこの世界に生まれて来てくれてホントによかった!」
 そう言って、俺は、いや、千歳は千絵子の手を取った。そしてポケットの中から用意したプレゼントである、指輪を取り出して、千絵子に嵌めた。すると、千絵子が微笑んだ。その表情は、今まで見て来た中で一番、幸せそうだった。心の奥底に眠った俺の意志が、千絵子はこんなふうに笑うんだと呟いた。こんな笑顔、俺が千歳にならなかったら、おそらく一生見られないだろう――こうして、俺からの……いや、千歳からの千絵子の誕生日プレゼントは、無事に渡すことができた。
 
 ねぇ、千絵子……俺は、お前が望むなら、このまま俺を捨てたっていい。俺を捨てて、何度だってあいつになれるよ。
 俺とあいつは双子だから、容姿が似ているだろう? 
 それにほら、声だって似せられる。俺はあいつのことをよく知っているからあいつの口調や仕草だって、なんだって真似できるよ。
 千絵子……お前の笑顔を見るためならば、俺は完全に俺を殺す事だってできるんだよ。
 









 千明が死んでから二年の月日が経った。
 あれから、オレと千絵ちゃんは婚約を結び、永遠の愛を誓い合った。今日はその三ヶ月記念日だ。一ヶ月ごとにお祝いをするなんて、まるで付き合いたてのカップルみたいね、と千絵ちゃんは笑うけれど、オレはいつまでも、それこそ、お互いしわしわの、ジイサンとバアサンになっても、いつまでも若い頃と変わらない、そんな関係でいたいと思うんだ。
 事前に選んでいたプレゼントを鞄の中に忍ばせて、オレは家路へと急ぐ。あー早く、千絵ちゃんの顔が見たいなあ。千絵ちゃんはどんな顔して笑うだろうか。想像しただけで胸が高鳴る。わくわくが止まらない。
 しばらく歩いて、見慣れたいつもの角を左に曲がると、見えて来たぜ、夢のマイホーム。赤い屋根のお家。オレは、ドギマギしながら、鞄から鍵を取り出し、そのドアを開ける。
「千絵ちゃん、たっだいまー」
 いつにも増してテンションの高いでそう言うと、部屋の奥から愛しの千絵ちゃんが迎えに来てくれた。そして、愛しいその声がオレの名前を呼ぶ。
「おかえりなさい、千歳」


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