秘密の音楽

「七海ー! 一緒に帰ろう」
いつものように声を掛けると、七海は笑顔で頷いた。
どうしよう……すっごく可愛い。
七海の笑顔は、見ているだけで癒される。
その笑顔の原因は、いつでも俺でありたい。
最近、そう思うようになったんだ。
……どうしてだか、自分でもよく分からないけれど。


「音也くん、どうかしましたか?」
「ううん、なんでもない。それじゃ、行こっか」
慌ててそう答えると、七海は短く返事をした。
あんまり君の顔ばかり見てたら、変に思われちゃうよね。
「そうだ、帰りにさ。裏庭に寄って行かない? 今日は天気もいいしさ、 いい気分転換になると思うんだ」
そう言った途端、七海の顔がぱぁーっと明るくなる。
子供みたいに無邪気な表情は、見ているこっちまでわくわくしてきちゃう。
俺が七海の笑顔の原因になったんだって、それが実感できて、すごく嬉しくなる。
「いいですね! 行きましょう」
こんなに喜んでくれるなんて、裏庭に誘って本当によかった。



一ヶ月後に、レコーディングテストが迫っている。
これは俺と七海がパートナーを組んでから初めてのテスト。つまり、二人の最初の試練であり、スタートでもある。
俺たちは今、そのレコーディングテストに向けて、どんな曲を作ろうか話し合っているところなんだ。



七海を裏庭に誘ったのも、二人でどんな曲を作るか話し合うため。
いつもなら放課後に空いた教室で話し合ったり、 屋上で思いのままに歌を歌ったりするんだけど……
今日は天気もいいし、気分転換ってことで。
単なる俺の思いつきだったんだけど、七海も喜んでくれているみたいでよかった。






「わぁー着いた! 風が気持ちいいー」
思いっきり伸びをすると、隣から七海の小さな笑い声が聞こえてきた。
「本当ですね。暖かくて、とても穏やかな気持ちになります」
「気に入ってもらえたみたいでよかった。あ、そうだ! 俺、用意してきたものがあったんだ」
危ない危ない忘れるところだった。
鞄の中から、ある物を取り出して、それを七海に見せた。
「これ、この間CDを買うついでに買ってきたんだ」
「すごくカッコイイですね! デザインが一十木くんにピッタリです!」
手の中にあるそれを、七海はきらきらした目で見つめる。
それは赤い色をした派手な見た目と、ワンポイントの黄色い星のマークが特徴のイヤホンだ。
「ピッタリ…かな?そう言われるとなんだか嬉しいな。このデザインに一目惚れして思わず買っちゃったんだ」
「はい! 一十木くんのイメージにピッタリです」
そう言って微笑む七海は、すごく可愛くて思わず抱き締めてしまいたくなる。
でも、それはしちゃ駄目だ。……昂ぶる気持ちをなんとか抑える。




「いつも俺、ヘッドフォンしてるでしょ? でも……気づいたんだ。これじゃ七海と一緒に曲が聴けないなぁって」
「一十木くん……?」
不思議そうに俺を見つめる七海に、笑い掛けた。
君のそんな顔を見ると、俺の方までなんだか楽しい気分になる。
……七海の表情を見ていると飽きない。退屈しないというか、短い時間に色んな表情を見せてくれるから、見てるこっちまで、どきどきしたりわくわくしたりするんだ。



っと、話の途中だったね。
「実を言うとね。君のために……君と一緒に音楽を聴くために、このイヤホンを買ったんだ。
やっぱり音楽ってさ、一人で聴くよりも、二人で聴いた方がずっと楽しいって思うんだよね」

そう言ったら、七海は今度はさっきよりもっと嬉しそうな顔で笑ったんだ。

君の笑顔を見ていたら、こっちまで自然と笑顔になる。
なんだか不思議だなぁ。
お互いに向かい合って笑い合うと、これまでにない程の幸せを感じるんだ。





今日はあったかくて天気もよくて、本当にいい気持ち。


「ふぅー。風が気持ちいい。よーし、寝転んじゃえ」
裏庭には一面に黄緑色の芝生が広がっていて、いつかこうして寝転んでみたいなぁって思ってたんだ。
うん、やっぱりこうすると気持ちいいや。真上には真っ青な空があって、雲の流れがよく見える。それに、あったかくて太陽が眩しい。

体を横に傾けて七海の方を向くと、ちょうど視線がばっちり合って、どちらからとなく笑い合った。




「七海も、隣……来ない?」

思わずそんな言葉を口走ると、七海はびっくりしたように目を丸くした。
変なこと……言っちゃったかな? 


「え、えっと……ごめん。無意識のうちに俺……変なこと言っちゃったよね?」

そう言うと七海は慌てて首を横に振る。今度は俯いて黙り込んじゃったみたい。






「ごめんなさい。私、照れてしまって……何も言えなくなっちゃって……」

しばらく沈黙が続いて、何か言おうかなと口を開いたところで、七海が沈黙を破った。
そう言う七海の顔は、俯いていてよく見えなかったけど、耳まで赤くなっていて……
可愛い。すごく可愛い。ぎゅってしたい。抱きしめちゃいたい。
何度目にもなるその衝動を、なんとか抑える。
……そろそろ限界かも。




「おいで。俺の横……空いてるから」

その言葉を聞くと、七海はぎこちない動作で
ちょこんと俺の隣に腰掛けた。
やっぱり顔が赤い。照れてるのかな?本当に可愛いや。




「し、失礼します」

小さな声でおどおどと呟くと、そのまま姿勢を倒して、俺の横に寝そべった。
こうすると、思ったよりもずっと距離が近くて、顔を横に傾けたちょっと先に七海の顔がある。
長い睫毛……ピンク色に染まる頬……
近くでみると七海の顔がすごくよく見える。
もっと近くで見たい。なんて思っちゃったり。
……何度も考えてるけど、本当に可愛いなぁ。




「あ、あの!」

じっと見てたら不意に七海がこっちを向いて、 七海の顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

「ご、ごめん! つい、じっと見ちゃって」

ダメだなぁ……ついついじっと見ちゃうよ。
このままずっと見ていたいとか、もっと近くで見たいとか、
知らないうちにどんどん貪欲になって。





「そうだ、七海。一緒に音楽を聴こう」

そうだ。本来の目的を忘れてたよ。
本当は、こうして二人で並んで寝転んで、音楽が聴きたかったんだ。
……そのために、イヤホンを買ったんだよね。


ポケットからもう一度、赤いイヤホンを取り出して、片方を自分の手に、もう片方を七海に渡した。

「もっと近くにおいで。その方が聴きやすいからさ」

そう促すと、七海は少しずつこっちに寄ってくる。
小動物のような可愛らしい仕草に、胸がキュッとなった。

「イヤホン、耳にした?」

「はい。しました」

近くで見る七海の顔は、やっぱりほんのちょっぴり赤い。

やっぱり流すのは、お気に入りのあの曲だ。
大好きな曲だから、ずっと君にも聴かせたい。君と一緒に聴きたいって思ってたんだ。

「聴いて。俺の大好きな曲」






耳に伝う心地よいギターのメロディー。
響き渡る軽やかに刻まれるドラムのリズム。
全ては二人の間にだけ流れている。二人にしか聴こえない秘密の音楽のような、そんな気がした。


普通にスピーカーで流せば二人で音楽を聴くことはできるんだけど。
イヤホンで聴くとさ、こういう風に、二人の間だけに音楽が流れてるって感じがするんだ。
なんていうのかな……言葉ではうまく言い表せられないんだけど、
世界から君と俺、二人だけが切り離されるような……不思議な感覚でさ。
この広い世界の中で、君とたった二人きりになれたような、そんな気がするんだ。

そう言ったら、君は笑うかな?



ふと横を見れば、目を閉じて同じ音楽を聴いてくれる君が居て、

あぁ、こういうのが幸せって言うんだなぁって。
……そう思ったんだ。


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