オリジナル 短編集 | ナノ






へッドホンときみとくまさえあればいい

ヘッドホンときみとくまさえあればいい。
あとはちょっとした、好奇心と乙女心があれば、
私の世界は、ぎらぎらと不器用に輝きながら、
猛スピードで回わり続けることができる。

ね、人生なんてそんなもんでしょ?
単純なようで複雑で簡単なようで難しい。一筋縄では決していかなくて、ぐにゃりとした奇妙で斬新な曲線を描く。


「似合わない、それ」

感情のわからない無表情でぶっきらぼうな声はそう言った。

その主は、じりじりと顔を近付けながら、接触まで残り10センチほどのところでぴたりと停止した。

狭い部屋だ。季節はまだ春の始めだと言うのに、やけにそこには熱気が籠っている。
いや、それは単なる錯覚で、熱を帯びているのは私自身なのかもしれない。
密閉された空間に二人きりで入れられたような気がして、やけに熱い。
ひどい言葉を浴びせられたのに、それとは裏腹に胸がざわつく。そんな自分に腹が立つのを感じる。



目の前で停止したそれは、静かに指を差し出すと、私の瞼をそっと擦る。
思わず息を飲んだ。鼓動が速まるのが分かった。

「アイシャドウなんかいらない。あと、アイラインも」

もう一度、開かれた口からは、またもや無神経な言葉が飛び出す。
心無しか、どこからかバキッとなにかが折れたような、鈍い音が聞こえてきた気がする。
きっとこれは私にしか聞こえない、秘密の音色だ。きっとこれは、私の心が悲鳴を挙げた音だ。それはもう、ショックなのだ。
雑誌の春のメイク特集を吟味して猛勉強した苦労、鏡とにらめっこをした日々を思い出して、
目の前にある顔を黙って睨み付けた。

「でもさ、そのマスカラとグロスは好きだよ。ストライクだ」

「あっそ」

せっかくの誉め言葉も、まったく響かない。
さっきまで少しでも、一瞬でも、どぎまぎしてしまった自分が憎らしい。
気分はそれこそ、ものすごい速さで急落下している真っ最中なわけである。
当然だ。例えるなら、ジェットコースターだ。その説明は言うまでもない。

いつの間にか、近かった顔は、少し離れた場所にあった。
ショックに気をとられて、その動きに全く気づかなかった。


「そう拗ねるなよ。別にお前を貶したいわけじゃないんだ」

宥める様に言われても、聞いてやんない。聞いてやるものか。

「拗ねてないよバカ」

「拗ねてるじゃん。だって、拗ねてない人は語尾にバカなんてつけないもん」

「だから、拗ねてないってバカ」

「ほら、またバカって言った。認めるんだ……君は今、現在進行形で拗ねていると」

すっかり不機嫌になった私を余所に、目の前の男は、やけに機嫌がよかった。

不機嫌な私を見つめ、楽しそうな笑みを浮かべる。
それは勝ち誇った笑みかと言えば、少し違って、純粋に悪戯を楽しむ子供のような笑みだった。

子供といえば、私も子供だ。
彼に言われた言葉に、むくれて膨れっ面。
どちらかと言えば、私のほうが子供だ。
そう思うとやけに悔しかった。


機嫌の悪い私は、黙ったまま、
足元にあった、ピンク色の小さくて薄いそれを手に取る。

コードを引き伸ばして、ヘッドホンで耳を塞ぐ。
再生ボタンを押せば、一瞬にして耳全体を心地よい単調なドラムのリズムが包んだ。
胸が弾む。これは私の大好きな曲だ。
そのままベッドによじ登り、その上で胡座をかいて座った。

その下の二つ並んだ座布団の上に、ぽつんと取り残されたそいつは、
面白がってこちらを見て、何事かを呟いたが、
その声は、軽やかなボーカルの歌声によって遮断され、私の耳には届かない。




しばらく音楽に耳を傾けていた。
ベースラインを耳で追って、ドラムの音に鼓膜を弾ませて、ボーカルの歌声に合わせて頭の中で歌って、


ふいに左肩に違和感を感じて、そちらを見た。
真ん丸くて円らな瞳と視線が交わる。
真っ黒で丸くて大きいそれは、無表情に私を見つめた。
ふわふわなそれは、茶色のそれは、忙しく上下に運動する。
自分の存在を訴えるかのように、愛らしく私にアピールをする。

その姿勢に感激して、思わず私はそれを手に取った。
ふわふわな感触が手に伝わる。
もこもこで茶色のそれを、無言で抱き締める。
今度は抱き締めたそれを、顔の目の前へと持っていく。
真ん丸で真っ黒い目を、じっと見つめた。


「これを使うなんて卑怯だ」

耳にあるヘッドホンを、首へ移動して、ただ一言、呟く。
その声に、すぐ隣のそいつはにかっと笑う。
憎たらしいのに憎めない顔だ。


「ところで、こいつは?」
笑うそいつに、手の中の茶色を見せつけて訊く。

「プレゼント。好きだろ? こういうの」

「うん」

短く返事をして、もう一度、手の中のふわふわなそれを見つめた。
そして、ぎゅーっと愛らしいそれを抱き締める。

「どう? 抱き心地は」

「最高。よく、見つけてきたね。こんないいの」

「えっへん……まあね。UFOキャッチャーで、一時間掛けてやっと手に入れた戦利品だから、大事にね?」

得意げなこの顔を見てしまうと、さっきまでの怒りが吹っ飛んでしまったかのような不思議な気持ちになる。

「うん。めちゃくちゃ可愛がるわ。ちなみに、いくら使ったの?」

だけれど少しばかしの好奇心が、そんな問いを彼に投げかけて……

「4000円? 多分、そんくらい」

「わあお、結構いくねえ」

「俺、UFOキャッチャー苦手なの、知ってるでしょ?」

そう、彼はこの手のゲームが苦手なんだ。それなのに、こんなすごいの取ってきちゃうなんて

「うん。でも、私より上手いよ。今まで取れたためしないもん」

「2000円代に突入したときに、やめよって思ったんだ。けど、こいつめちゃくちゃ可愛いくてさ、円らな瞳と目があったら、連れて帰らずにはいられなくなって」

「分かってらっしゃる」

「多分、それより……」

「ん?」

「お前のその顔が見たかったのかも」

「お前、笑うとすげえ可愛いんだ」

「でも、普段はあんま笑わないだろ?」

「どうすりゃ笑ってくれるかなって、んで思い付いたのがコレ」





……一度不機嫌にさせた後の笑顔が新鮮で好きなんだ。
だから、ちょっと意地悪してみた。

メイク。
お前がしてんの初めてみた。
アイシャドウとか、アイラインとかで印象変わるのな。

いつもナチュラルメイクだからさ、してるかしてないか分かんないぐらい。
だから、驚いた。

でもさ、そういうお前も綺麗だし、普段より大人っぽくて好きだけど、
けど……なんつうか、お前が離れていってしまいそうな気がして不安になるんだ。
お前がいつもより綺麗に見えて、大人になったみたいで、
俺と遠いどこかに行っちまいそうで、

だからさ……いつものお前がいい。
無邪気な子供みたいで、なんか言うとすぐ拗ねて、でもすぐ笑って、
そういうお前が好きなんだ。

でも、見た目は変わっても中身はお前のままなのな。
なんか不思議だ。変なお前。

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あとがき
思いつきでダラダラ書いた、SSのわりに長めな作品。
テディーベアーで機嫌直っちゃう彼女っていいよねww






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