この世は嘘で溢れている
プラトニックなんて幻想だ、そんな愛が永遠に続くはずがない。
そう思っていたのに、俺は否定しなかった。佐久間に嘘をついた。

俺が佐久間に嘘をつき続けたのは、佐久間のためなんかじゃない、紛れもなく自分のためだった。
鬼道の言う通りだ。
佐久間を手放さなければいつかは自分のものにできると思っていた。ずっとその日を待っていた。

ここまでどうやって帰ってきたのか全く覚えていない。
だから家に入り、寝室で洗濯物を畳んでいる佐久間を見るまで、ほとんど無意識に近い状態だった。

「不動、お帰り」

目の前に立っているのは佐久間だ。いつもように柔らかい笑顔で俺を迎えてくれるのは佐久間しかいない。
それなのに、もう今までの目で見ることはできなかった。佐久間はこれからも変わらないはずなのに、そんな風に考えることは無理だった。
数日前、総帥室で佐久間は鬼道に抱かれた。俺にとってそれは大事件であったが、数えきれないほど佐久間とセックスをした鬼道にとっては、たった一回その回数が増えただけなのだ。
それならもう、俺が一度抱いたところで佐久間は何も変わらないのではないか。そう思うようになっていた。

鬼道になりたかった。愛されていなくても、佐久間の身体を好き放題抱ける、鬼道になりたかった。
自分が既に、佐久間の心よりも身体を欲していることには気付いていた。
それを佐久間のために言わなかった。佐久間は俺を心から愛していたから。

"本当に愛しているからこそセックスをしない"
佐久間から愛されることは嬉しいものだった。しかし、愛されれば愛されるほど佐久間に触れることができなくなる、そして俺は一層佐久間を求めるようになる。
完全なる悪循環だった。

どこで何を間違えたんだろう。
悪いのは佐久間を犯した鬼道か、ままごとみたいな恋愛を貫こうとした佐久間か、あるいはそんな佐久間を救えなかった俺か。


「不動?」

無言で突っ立っている俺を見て、不思議そうに首を傾ける。

「あ、今まで心配かけてごめんな。俺もう大丈夫だか――」

佐久間の言葉を遮るように抱き締めた。壊れてしまうくらい、強く抱き締めると佐久間は弱々しい声で訴えた。

「不動……苦しい」

慌てて身体を離すと不安げな瞳が俺を捕らえる。

「何かあった?」

なぁ佐久間。俺はお前に悲しい顔なんかさせたくなかった。いつも笑顔でいてほしかった。
そのためならなんだって我慢できた。
だけど、もう限界なんだ。
これ以上、自分にも佐久間にも嘘をつき続けることなんかできない。

乱暴に唇を重ねると佐久間は驚いて一歩後ろに下がろうとした。

「……不動?」

佐久間、ごめんな。

「だからどうしたんだよ?」


もう、何もかもがどうでも良かった。






*

佐久間の問いには答えず、不動は佐久間の身体を思い切りベッドへ突き飛ばした。
咄嗟の事に戸惑う佐久間もそのまま押し倒されれば嫌でも状況を理解する。

「な、にすんだよ」

身体を押し返そうとした手は簡単に掴まれてしまい、抵抗なんかできなかった。
暴れる佐久間を押さえ付けつつ首筋に軽く歯を当てる。嫌だという訴えを無視して服の中をまさぐると佐久間は嫌悪感に顔を歪めた。

「ダメだっ……俺たちはこんなことしたらいけない。今までやってきたことが全部無駄になる!」

不動の指先が肌に触れたとき、快楽なんてこれっぽっちも感じなかった。不動だからこそこんなことをして欲しくなかった。不動は違う。鬼道たちとは違う。まだそれを信じたかった。

「不動……頼むから、こんなこ、と――」

再び唇を塞がれたことで佐久間の言葉は遮られる。普段でさえしないような激しいキスに佐久間はひたすら動揺した。
それでも不動の唇に噛みつき、もうやめろと怒鳴ろうとしたときだった。不動と思い切り目が合った。

「佐久間……」

名前を呼ばれ、身体が硬直したのが自分でも分かる。
今目の前にいるのは、自分の知っている不動じゃない。その目、その表情、これらは全て父親や鬼道たちと同じ、獲物を捕食した獣のものだった。
怖い。身体がガタガタと震える。

唇を噛んだことは抑止力になるどころか却って不動を興奮させた。右手で佐久間の両手首を頭上でしっかりと抑え、左手はズボンの中へするりと滑り込ませた。

「うっ……」

佐久間の自身を握ると苦しそうな声が漏れた。
指でそこを刺激すると、甘い声を出しながらも嫌だと叫ぶ。

よく物語なんかでレイプされた後、恋人とセックスをすることでショックから立ち直るなんてものがあるが、佐久間にとってはむしろ逆効果であった。愛する不動との行為は恐怖心が上塗りされるだけで、ただひたすらセックスに対する嫌悪感が募るばかりだ。

「っ、やめろ!」

佐久間が身体を捩って激しく抵抗を繰り返すと片手で押さえつけていた両手首が離れた。そのまま不動を突き飛ばし、ベッドから抜け出して逃げようと試みた。
しかし丁度床に足を着けたときだった。背後から抱きしめられそのまま床に押し倒された。

畳んでおいた洗濯物の上に、うつ伏せのまま倒れると馬乗りになる形で、不動は佐久間を押さえつけた。
佐久間に乗り上げたまま、近くにあったトレーナーを拾い上げ後ろで両手首を縛る。

「いやだ……こんなの……」

背後からカチャカチャとベルトを外す音が聞こえると、恐怖で唇が戦慄く。
自分のズボンに手を掛けられても、うつ伏せの状態で、手首を縛られている佐久間には、全くといっていいほど抵抗する術はなかった。

「……ごめんなさい」

下着ごとズボンを下ろされる。何に謝っているのかは自分でも分からなかった。それでも、頭の中はおぞましいほどの恐怖に支配され、ひたすら許しを乞うことしかできなかった。
あのときのように。

「ごめんなさい……もうやめ――」

息が詰まりそうな恐怖の中、ただただ謝罪の言葉を口にしていると、その言葉の出本に指を突っ込まれる。
不意に喉の奥まで突かれると苦しさで噎せ返った。唾液で濡れた指は、そのまま後孔に触れ、佐久間はパニックになった。

「……っ、無理!やだやめて……ごめんなさい許してくださいお願いします」

必死に訴えるも不動は聞く耳を持たない。
不動にアナルセックスの経験はなかった。それでも、本来性交に使用するべき場所ではないことや無理に異物を入れれば傷が付き、激しい痛みがあることくらいは勿論知っている。
それでもそんなこと、今の不動にはどうでもいいことだった。
半狂乱になりながら謝り続ける佐久間を無視して、乾いたそこへ指を差し入れる。
痛いと佐久間が泣いてもそのまま本数を増やし強引に中を押し広げた。
そのうち早く挿れたいという欲求が勝り、乱暴に指を引き抜いて、裂けて出血している佐久間のそこに自身を押し当てた。

「好きだ」

一体どの口が言っているのだろう。自分でもそう思ったが、言わずにはいられなかった。
不動は佐久間が好きだった。何があっても佐久間を手放したくはなかった。
それだけは佐久間に分かって欲しくて、不動は自分勝手な愛を囁く。
今まで佐久間を犯してきた者たちと同じように、"好きだ"、と。

挿入すると中は狭く、とてもここに全部入るとは思えなかった。縛られた佐久間の手元に目をやると、痛みに耐えているのか爪が食い込み血が滲むほど強く自分の手を握りしめていた。

だか、痛がる佐久間を見てもやめてやろうなんて気持ちは微塵も感じない。少しずつ佐久間の中に自身を埋め込んでいく感覚は、他の何にも代えがたい快楽そのものだった。
不動は今まで佐久間を守ることしか知らなかった。そんな佐久間を自らの手で犯し、壊していくことに新しい悦びを見出だしてしまった。止めることなんかもう出来ない。
それでも、佐久間が泣き叫ぶ声は聞きたくなくて、近くにあったオレンジ色のタオルを佐久間の口の中に押し込み、後ろ向きの体勢も変えずに行為を続行した。

暫く、くぐもった呻き声がしたが次第にそれもなくなり、不動が自身を引き抜いて佐久間の口元へ持ってきたときには意識が朦朧としていたため、拒むことも忘れ、そっと口を開いた。逆らえばもっと酷い目に遭う、という鬼道が刷り込んだ"本能"がそうさせたのもある。
不動が佐久間の口内で射精すると、それも鬼道の教えの通り、素直に嚥下した。



*

不動が我に返ったときには既に、佐久間は気絶していた。
慌てて拘束していたものを取り、風呂場まで連れて行くため身体を起こそうとしたときだった。

「さわるな!」

意識が戻ったのか、不動が身体に触れた瞬間そう叫んだ。
呂律が回っていないようにも聞こえるそれは、追い詰められた者が最後の力を振り絞って出すような声だった。
思わず手を引っ込めたが、自分で起き上がろうとして倒れる佐久間を見て手を出さずにはいられなかった。

「……大丈夫か?」

やっぱりどの口が言っているのだろうとは思う。そしてこんな状態の佐久間がどう見ても大丈夫に見えるはずがない。

必死にもがいていた佐久間はそのまま嘔吐した。先程不動が口の中で出した精液が床に落ちていく。背中を擦ってやろうとしたが再びやめろ、と拒否された。そして、ひとしきり中のものを吐き出すと不動を憎々しげに睨んだ。

「嘘つき……」

それは鬼道に対してしたものと同様、はっきりとした拒絶であった。
長年信じてきた不動に裏切られた絶望はどうやっても払拭されることはない。
佐久間はその無抵抗な身体のまま不動を憎み続けた。

そんな佐久間の視線から逃げるように下半身に目をやった。すると血と精液が入り雑じったものが足を伝っている。

その生々しい性の痕は、不動のエゴそのものであり、そして、不動を拘束し続けた佐久間のエゴが引き起こした、なれの果てでもあった。

これから自分たちはどうすればよいのだろう。
愛する人を失い、不動は大事な友人も失った。
めちゃくちゃになった部屋の中で、崩壊した関係を修復するのは無理だと悟る。
失ったものはあまりにも大きくて、二人は途方に暮れた。