鬼道は何を言っているのか、理解するのに相当な時間がかかった。鬼道が主犯?中学時代、佐久間を襲っていたのは鬼道だったとでも言うのか。そんなことを考えていると隙を作ってしまったようで、今度は俺が突き倒される番だった。
咄嗟の出来事に対処しきれない俺の胸ぐらを掴んだまま、鬼道は楽しそうに話始めた。

「佐久間がお前にどう話しているか分からないからな、特別に事実を教えてやろう。俺は入学したときからあいつのこと綺麗だと思ってたよ。サッカー部に入部して、俺は総帥の命令通りすぐキャプテンになったし佐久間も参謀になるのは一年の夏前だった。そのくらいだったかな。パートナーになるわけだし信頼を深めることも兼ねて無理矢理抱いたんだ」

「何が信頼を深めるだ!佐久間を性欲処理に使っていただけじゃねえか」

「まぁそういう目的も充分あったけどな。それで俺は意外にハマっちゃってさ、ことあるごとに佐久間と関係を持つようにしたんだ。かなり嫌がってたが、俺としてはその方がいつも強姦紛いのプレイができて良かったよ。佐久間は毎回毎回謝るんだ、もう許してくださいって。おかしいよな、あいつに拒否権なんかないのに」

「……やめろ」

「他にも色々やったよなぁ。旧館にある体育倉庫、お前も知ってるだろ?あそこは人目につかないからやりやすかったよ。佐久間に性的な感情をもつ奴は多かったから、金取ってあそこで観賞会なんてこともやったっけな。みんなで押さえつけてバイブで嬲ったら泣きながらイッててさ。あれはかなり興奮したよな。それから――」

「やめろ、それ以上言うな!聞きたくねぇんだよそんな話!」

「いや駄目だ、ちゃんと聞け!それで佐久間がどんな中学時代を過ごしてきたのか、俺とどういうことをしていたのか、しっかり胸に刻んでおくんだよ!!だってお前、佐久間の恋人だろ?」

吐き気がする。目眩もさっきから酷くなるばかりで、鬼道の手を振り払って立ち上がることもできない。
それでも、これ以上何も聞きたくなかった。
こんなむごたらしい事を嬉々と話す鬼道はまさに狂人だ。普段以上によく喋るかつての友人は、見ず知らずの他人にさえ見えた。
もう鬼道に何を言えばいいのか、言いたいのか分からない。それよりもここにいたくないという気持ちが強かった。総帥室だけじゃなく、この帝国学園自体にいたくなかった。
俺が黙っているのをいいことに鬼道はまた話始めた。

「佐久間が俺が犯人だと言わなかったのはお前が俺のことを慕っていたからだろう。自分の親友が恋人を強姦していたなんてショックだからな。それに俺に襲われていたなんて言ってみろ。佐久間には広められたら困る秘密が沢山あるからな」

一時期写真を撮るのがブームでさ。そんなことを言う鬼道の話は止まらない。

「不動が自分のせいで傷付くのは嫌だと言っていたから、俺とお前の友情が壊れたり、あの恥ずかしい写真を撒かれたりするのを防ぎたかったんだろうな。お前が帝国に転入ってなったときに頼み込まれたんだよ。"不動にはこれまでのこと知られたくないんです"って。その代わり定期的に俺の家に奉仕に来いと言えば律儀に来るんだから、本当にお前のこと好きだったんだな」

「お前、佐久間の気持ち知ってたのか?」

「当たり前だろ。不動が好きだからこんなことしたくないとも言われた。それでも構わず、夜でも呼びつけていたがな」


(ごめん、今日は用事かあるんだ)

試合で他校に行ったとか、そういった遠征行事があると、誰かしらが寄り道して帰ろうだなんて提案していた。だがその度に、佐久間は断って一度も参加したことはなかった。


(佐久間、こんな遅くに何してんだよ)

(ちょっと外の空気が吸いたかったんだ。寮母さんには内緒な)

深夜、何となく眠れなくて少し走ってくるかと寮を出ようとしたとき、裏口で佐久間と出くわした。そのときは本当にただ散歩に行っただけだと思っていた。まさか、鬼道への奉仕を終えた帰りだなんて誰が思うだろう。

もし、俺がもっと早く佐久間に好きだと伝えていたら、なにか変わっていたんじゃないか。そう思うと言い様のない後悔が押し寄せてきた。
そういえば、中学卒業前、鬼道が関東でいえば帝国に当たる、関西の有名な名門校へ進学すると聞いたとき、佐久間は寂しそうな素振りを見せなかった。きっと、安心したのだろう。鬼道の相手をしなくて済むと、心の底から喜んだはずだ。
当時の俺は何も思わなかった。というより思えなかった。高等部へ進学が決まり、佐久間とこれからも学校生活を送れる喜びと、忘れるためにも外部へいったほうが良かったのではないかという不安。自分のことを考えるので精一杯だった。

「帝国に就任が決まったときは驚いたよ。何せあいつがいたんだからな。俺の顔見るなり"恋人がいるのでもう関わらないでください"って言われたよ。完全な拒絶だよな。で、その恋人がお前だったってわけだ」

鬼道が帝国に帰ってきたとき、確かに佐久間はおかしかった。だけどそれは電車かなにかで嫌な思いをしたとかそんなことだと思っていた。まさか鬼道に原因があるなんて、俺はこれっぽっちも考えなかったのだ。

結局のところ、俺の認識していた佐久間と鬼道の仲はすべて偽りのものだった。そしてその事を俺だけが知らなかった。

「言っておくが最初のうちはそこまで手出しはしていない。佐久間もかなり警戒していたからな。"絶対に関係は持ちません"って宣言されたくらいだ。それで俺が不動とはするくせにって言ったらあいつ、"不動ともしない"って言ったんだよ、笑っちゃうよな」

佐久間がそう言っている姿が簡単に想像できた。プラトニックを盲信する佐久間。確かに、それはある日境に悪化した。いきなりどうしたと聞いても答えなかったのは、やはり佐久間が自分と鬼道の関係を隠したかったからなのだろう。

「俺は友達思いだから、不動の為にちゃんと言ってあげたんだぞ?何回か。十代ならともかく成人同士がセックスもしないで関係を続けるなんて絶対無理だって教えてやったのに、あいつは頑固な面もあったんだな、"不動も俺と同じ気持ちですから大丈夫です"って言い切ったよ。だから本当なのかと思ってお前と話してみたら全然違うじゃないか。俺が騙されると思うか?考えてみろ、佐久間と付き合ってて何のメリットがある」

「……そういうことじゃねぇんだよ。俺が間違ってたんだ。恋人に点数付けたところで好きならどうでもいいんだそんなの」

鬼道は少し驚いた顔をしたが、すぐその顔は嘲笑を露にし、俺を蔑んだものに変わる。

「はっ、お前がそんなうすら寒いことを言うとは思わなかったよ。佐久間を踏み台にとしか見てなかった不動明王が」

失望した、と鬼道は吐き捨てるように言った。

「俺はお前のこと好きだったよ。お前は賢い奴だと思っていたからな。俺は馬鹿が嫌いなんだ。だからお前を親友として、好いていた。だが俺も節穴だったようだな。お前は馬鹿だ、救いようのない大馬鹿だ」

鬼道の口から発せられる"馬鹿"には物凄い軽蔑の念が込められていた。

「今のお前を見てるとムカつくんだよ。プラトニックなんて下らない。そう思っているくせに佐久間を騙していい顔するお前がさ。今のお前の気持ち、代弁してやるよ。佐久間を傷付けて許さないとか思ってないよな。自分はまだ抱いてないのにとか、もう何回もヤってるなら一度くらい自分もとか、そんなことを思っているんだろ?」

「違う!俺は――」

「佐久間だってそうだ。お前が自分のためにセックスを求めるように、あいつも自分のためにセックスを拒絶している。所詮人間なんてものは身勝手な生き物なんだよ」


(不動、早く部活行こうぜ)

制服姿の佐久間のことを思い出すと、屈託のない笑顔が始めに浮かぶ。あの、眩しいくらいの笑顔が大好きだった。


(授業サボるなよ!分からないなら教えるしノートも貸すから)

転入当初、帝国のカリキュラムについていけず授業が面倒でサボることも多かった。そんな俺をわざわざ探しに来ては口うるさく説教を食らわせてきた。始めの方は鬱陶しいと思っていたのに、いつしかそれを嬉しいと感じるようになっていた。


(不動のこと、信じてほしい)

俺の入部により帝国のサッカー部は崩壊寸前だった。顔を見合わせれば喧嘩ばかりしていた辺見や源田と和解できたのは、俺があそこでゲームメイクをできたのは、他でもない佐久間のお陰だ。

あのときからずっと、佐久間が大好きだった。思いを伝えられない苛立ちから、当たり散らしたことだって沢山あったのに、佐久間は全部受け止めてくれた。
そんな当時の佐久間が、鬼道によって汚されていた。佐久間のことを思い出しても、部室や教室で犯される姿が嫌でも思い浮かんできて、言い様のない怒りや悲しみが押し寄せてくる。その度に、頭に激痛が走って本当におかしくなりそうだった。



「これで気付いただろ?」


鬼道は興奮が収まったのか、いつもの冷静な、俺のよく知っている鬼道に戻っていた。だが、俺を見る目は軽蔑と憐れみを持っていて、それは友人に向けるであろう視線ではない。
肩にポンと手を置かれても、もう俺に、その手を払う気力なんかなかった。

「佐久間の奴、中々いい身体してるぞ」

耳元で囁かれたはずの鬼道の声が、とてつもなく遠い場所から聞こえたような気がした。