人は見かけによらない。
ここまでくると見かけ通りの奴なんているのかと思い始める。あの、尊敬していた鬼道が、ここまでいい加減で最低な奴だとは思わなかった。けれど俺は鬼道を責められない。それは、鬼道自身が悪いのではないと思っているから。
生活環境で人は良くも悪くも簡単に変えられてしまう。鬼道も不動も、そして、俺も。
鬼道が奥さんを愛せないのも、不動がセックスを嫌うのも、俺が色情症なのも、すべては環境が悪かったせい。そう思いたかった。
俺たちが、単に自分に打ち勝てなかっただけなんて、絶対に認めたくなかった。
熱いシャワーを頭から被るとすべてがどうでもよくなってくる。やっぱり俺はダメだ。どうしようもないサチリアジスだ。人は簡単には変わらない。変われない。




*




本当は不動とこういうことがしたかった。あの逞しく美しい体に抱かれたかった。
俺に、もっと不動を悦ばせられるような魅力があったら、穢れのない清潔な体であったなら、何か変わっていたのではないだろうか。
広々としたホテルの個室は、豪華な装飾でキラキラとしているのにどこか空虚で寂しい。
不動と来ていたら素敵な部屋だと思っただろう。そう思うとより一層虚しくなった。

ベッドに倒されると昔の感覚がよみがえる。鬼道が顔を近づけてくると、反射的に目を瞑ってしまった。

「心配するな、キスはしない」

そう言って俺の身体をなぞる鬼道は、とても楽しそうだった。

「鬼道に男を抱く趣味があったとは思わなかった」

「特別そういうのはない。まぁお前のことは昔から綺麗だとは思っていたがな」

鬼道のことだ、例え俺のことを綺麗だとか好きだとか思っても付き合いたいとは思わなかったのだろう。鬼道は幼い頃の環境から世間体を気にせずにはいられない。自ら破滅するようなことはしないのだ。
それは正しいことでもありつまらないことでもある。だからこそ鬼道は現にストレスが溜まって、その発散としてこんなことをしている。
鬼道はこれを遅い反抗期だと言っていた。
その言動や笑顔は、あまりに幼く見えたけれど、俺はホッとしたのだ。
鬼道はあまりに窮屈そうに生きていると、ずっと昔から思っていたから。
それにしてもいつになったらこんな幼稚な反抗期を終わらせることができるのだろう。

俺と鬼道がこんな風に関係を持つのは、今日が最後ではないような気がした。

「……あのさ、鬼道」

「どうした?」

まるで壊れた人形を扱うような鬼道の指は、俺を焦らせた。おそらくわざとやっているのだろう。自分からがっつくことはせず、俺がねだるのを待っている。この外道野郎。
心の中で悪態をつきつつ、俺は鬼道の策略に乗らざるを得ない。既に身体が刺激を求めていた。敏感な部分を触られる度に情けない声が漏れる。そんな声を聞かせてしまい、セフレには何にも感じなかったけれど、相手が鬼道となると恥ずかしさは当然ついてくる。
それもあってか身体が熱い。俺は自分から鬼道にキスをした。さっきは嫌そうにしたものだから、鬼道は驚いた顔をしている。

「佐久間?」

こんな俺を求めてくれる人がいる。
そして俺は、その求めてくれた大切な人を裏切った。
不動、ごめんな。俺はもう限界なんだ。


「鬼道。俺のこと、壊して……」

いっそこのまま殺して欲しかった。




*



秘部に指が入るだけで身体が面白いくらい反応した。胸の突起を指で弾かれ耳を噛まれ、自身を指で擦られる。前戯だけでも気持ちよくて頭がおかしくなりそうだった。

「随分溜まってたんだな。感度良すぎないか」

苦笑いでそう言うくせに鬼道もやめる気は更々ないようだ。鬼道の指が俺の中をめちゃくちゃに掻き回す。久しぶりだったから少し痛かったけれど、そんなことも気持ちよさに酔いしれて、すぐ気にならなくなった。

早く、早く挿れてとプライドも捨て俺はひたすらねだる。中が圧迫されるあの感覚を一秒でも早く味わいたい。ぼんやりする頭の中はその事で一杯だった。
そしてコンドームの袋を破ろうとした鬼道の手を止める。

「生でいいだろ?……俺なら妊娠もしないし。いいから早く!」

「……お前こんな奴だったなんてちょっと意外だな」

飢えた獣のような俺を見て、鬼道が何を思ったのかは知らない。でも、不動までとはいかなくても、少しくらいは軽蔑したと思う。

足を開かれ鬼道の自身が俺の中に入ってくると、その強い刺激に叫びにも近い喘ぎ声が出た。激しい快感に俺は溺れ、何度も、気持ちいいと口から言葉が漏れる。最早言葉にすらなってないそれをひたすら鬼道に訴える。
中を思いきり突き上げられ、みっともない声で喘ぎ、醜い顔を快感で蕩けさせた。

もう何も考えられず、俺は本能の赴くままに鬼道のものを中で締め付けた。目の前にある快楽を貪るように腰を動かす。
既に何度も絶頂を迎えていた俺の自身も、鬼道が最奥を突いたことで再び射精した。

「は……あ……」

久しぶりの行為はかなり疲弊するものだと知った。よくこんなことを日常茶飯やっていたなぁと思う。
ずるりと俺の中から引き抜かれた鬼道の自身を口に含んだ。理由は分からないけれど、俺は鬼道のそれを、無性に欲していた。
無我夢中で舐め回し、口に含む。やがて鬼道は俺の口から自身を引き抜き、ぼんやりしていた俺の顔に思いきり液体を放った。生暖かい感覚が却って興奮を誘う。満足そうに俺を眺める鬼道をよそに、顔や腕にかかった精液をひたすら舐めとっていた。
そんなとき、部屋に置いてある大きな鏡が俺の姿を写した。精液にまみれたその姿は、醜く穢らわしいものだった。それはいつか見た夢に出てきた俺にそっくりで、不動が汚いと言ったのが分かった気がした。
ああ、今の俺はこんなに汚いのか。不動はこんな汚い俺を愛してくれていたんだ。
あまりにも気付くのが遅かったが、そう思うとポロポロと涙が溢れた。

「佐久間、どうかしたのか?」

俺は何も言えずただ首を振った。

きっと俺は、罰を受けるだろう。愛する人を裏切っただけの、それ相応の罰を――
セックスの酔いはすっかり冷めて、俺に残ったのは凄まじい罪悪感と不潔な身体だけだった。