人は見かけによらないというのはやはり事実だ。
不動は完璧だと思っていた。大人になり、一流のサッカー選手として活躍し、主に異性から騒がれるような容姿に恵まれ、素敵な仲間も沢山いる。彼の恋人になりたい女なんて山ほどいるだろう。
男として、不動は多くの女から求められている。いっそ性転換手術でもしちゃえば、なんてからかわれる俺とは違って。
そんな不動に、恋愛の類いの悩みなんて一切、ないと思っていた。

だからこそ不動の話を理解するのにかなりの時間がかかったし、そもそもラブホテルでするような話ではないような気がして、内容といる場所のギャップがなんともいえなかった。



不動はセックスができない。
理由としては身体的な問題があるとかではなく、所謂性嫌悪症とかセックス恐怖症とか、そういう類いのものが原因だった。



不動の幼少期の話は中学生のときに少しだけ聞いたことがある。父親のことも母親のことも。しかしその話には、もっと悲惨な結末が存在していた。
ある日父親が家を出たきり帰ってこなくなった。そのため一人っ子だった不動にとっての家族は母一人だけとなる。男は元々マザコンだというが、環境が環境だっただけに、不動の、母親に対する愛情は普通のものではなかった。母親も仕事に追われながらもたっぷりと愛情を注いでくれた。
ところが、やがて母親には恋人ができた。母親は突然家に連れてきたその男をお父さんと呼べと言う。そして段々と不動よりもその恋人を優先して家事も蔑ろになっていった。
酷いときには不動が高熱を出してもセックスに耽って面倒を看なくなることもあった。
それでも不動は母親を嫌いになることはなく、たまに思い出したように愛してくれる母が、いつかまた元に戻ると信じていた。
しかし、改善するどころか悪化の一途をたどり、母親はその男にべったりと依存するようになってしまう。
その男なしでは生きていけない、そんな風になった頃、大きな事件が起きた。
不動が学校から帰ると見知らぬ男に取り押さえられた。小学生の身体では抵抗することもできず、そのままリビングまで連行されると複数の男に襲われている母の姿があった。その中には"お父さん"も混じっていたが止めることもせず笑っている。
そして、母親の中に男性器が挿入され、顔には精液がかけられているその無惨な姿を見るようにと強要され、行為が終わるまでずっと押さえつけられたままだった。

結局、不動の母親が愛した男は、女を輪姦して女の息子にもその光景を見せつけることで興奮するような変態だったのだ。

その翌日、男に裏切られた上レイプされたショックから母親は自殺した。この時の第一発見者は不動だったらしいが何故か不動はそのことを覚えていないと言う。というよりその日辺りから記憶が曖昧になってしまったそうだ。
だが、母親が強姦されている姿や泣き叫ぶ声は不動の記憶にしっかり刷り込まれた。
何度も何度も夢に出てはうなされる。それはいまだに続いているらしい。
そんな出来事があったからだろう。不動はセックスに恐怖と嫌悪を抱くようになってしまった。
自分の大事な母親を奪ったのはセックスという行為だ。こんなものさえなければ母親はずっと自分だけを愛してくれただろうし死ぬこともなかったはずだと。
成長していくにつれ、セックスが本来何の目的として行う行為なのかも、子供を産むのに必要不可欠な行為だというのも分かったし、悪いのは母親をたぶらかした男と、その腐った変態に引っ掛かった母親自身であることも理屈では理解できた。それでも、幼い頃から憎み続けたそれを、とうとう大人になった今でも受け入れることができないでいる。

中学生の頃、同級生が性的なネタで笑ったり、エロ本を回し読みしているときも、不動は輪に入らなかったのは、単に群れるのが嫌だっただけでなく、性に関わるものすべてに拒絶症が出ていたからというのもあった。

人は付き合うとなればやがてセックスをするものだろ?いざそういう関係になりましたってときに自分はできませんなんて言えるか?しかも男がそんなこと言うんだぜ?どう考えてもだせぇじゃん。好きな奴にそんなこと言えねぇる訳ねぇしよ、だからお前とは付き合えなかったんだ。
不動はそう言った。

セックス恐怖症は女性に多い。というよりほとんどの患者が女性。理由は性的な被害に遭うのは女性が圧倒的に多いからだと俺は思っている。ただ不動の経験した性的なトラウマはあまりにも特殊だった。これでおかしくならない方がどうかしている。

不動のセックス恐怖症はやがて自分自身のコンプレックスになってしまった。好きな相手を抱いて悦ばせてあげることもできない。それは自分が男として否定されているような、男として不完全だと言われているような、そんな気分にさせられる。

その言葉を聞いて、俺の中は不動へのいとおしさで溢れた。体は完全に男でありながら同性を愛し、女のような外見をしている俺と、容姿も中身もちゃんとした男でありながらセックスができない不動。悩む場所は違ってもあの惨めったらしい気持ちは共有できた。

俺は完璧な不動に恋をしていた。けれどこの時不動を愛した。誰よりも愛しいと、そう思えた。
抱きしめてあげたい、そう思ったときにはもう不動の肩に触れていた。

「……好き」

切なくて、恋しくて、涙が出そうだった。
このままずっとこうしていたかった。愛する人を抱きしめたまま、時が止まって欲しいと思った。
どれだけ身体を委ねても、セフレには決して抱かなかったこの気持ちは、セックスに溺れる俺に、ずっと付きまとっていた虚無感から救ってくれるような、そんな気がした。




*





これが二年ほど前の話。
不動は今、俺と一緒に暮らしている。
あの日から始まった俺たちの関係は、大っぴらに公言できるものではなかったから、知っている人は極わずかだったが、鬼道のように応援してくれる人もいて嬉しかった。
不動は俺と付き合い初めてから、あの夢を見なくなったという。
そして俺自身も不動という特定の恋人ができたため、セフレとは全員縁を切った。
セックスなんてなくたって愛する気持ちがあればやっていける。そう信じた。それに不動の拒絶症もいずれは改善して、俺のことを抱いてくれる日がくるだろうと思っていた。

ところが、その"いずれ"はやって来ることはなく、そのまま二年もの月日が経ってしまった。キスや服を脱いで直接肌に触れることすら嫌がっていた頃に比べたらまだ良くなってきたとは思う。けれどそれ以上の進展は一向になかった。
というより俺がその道を閉ざした。

一年ほど前、町中を歩いているときにかつてセフレだった奴と遭遇した。しかも運の悪いことに、そいつは高校時代から関係を持っていた奴で、縁を切られたことを恨んでいたらしく、隣にいた不動に今までのことを全部ぶちまけてくれた。
君もしかして佐久間君の恋人?よく付き合う気になったね。佐久間君の経験人数何人だったっけ?覚えてないか。三桁なんて普通にいってたもんね。毎日毎日セックス漬けだった佐久間君の相手を一人でするなんてさぞかし大変だろうなぁ。頑張ってね。

何も言い返せなかった俺を、不動はどんな思いで見ていたのだろう。

不動は何も聞いてこなかったし怒りもしなかった。逆にそれが怖かった。これなら責められた方がまだマシだ。思わずごめんと口走ったけれど、不動はそれに対し返答しなかった。

それからというもの、不動は時々俺をものすごく冷めたような目で見るようになった。
それは俺の被害妄想かもしれないけれど、真偽を確かめることはできない。そんな勇気俺にはないのだ。自業自得なのは分かっている。それでも、あの不動の目が怖かった。失望と軽蔑を蔵した目が俺という人間を否定しているような気がした。

でも、仕方ないのかもしれない。俺は不動が一番嫌いな人種であろう、どうしようもないセックス狂いなのだから。