「昨日お前も来ればよかったのに」
部活が終わった後、鬼道は総帥室に佐久間を呼びつけた。
「すみません、昨日はどうしても外せない用があって……」
「ここで嘘ついてどうするんだ」
佐久間は黙って俯いた。やはり鬼道には分かっていたのかと思うと背筋が凍る。もう既にここに呼ばれる度に、というより鬼道が帝国にやって来たその日から、佐久間はずっと恐怖感に苛まれていた。
「不動、今は遊んでないらしいな。良かったじゃないか、真面目な恋人で」
「……」
佐久間は黙ったままだった。皆でいるときは普通に話せても、このように二人きりではまともに話せないのは、どの言葉が地雷を踏むか分からないからだ。
「お前と付き合っていて浮気もしないなんて、随分苦労してるんじゃないか、あいつ」
そんな佐久間のことは気にせず鬼道は話を続ける。
「可哀想だよな、不動も。お前みたいな奴に付き合って我慢して。こんな拷問みたいな生活してたらいつかおかしくなるんじゃないか」
「あなたと一緒にしないでください!」
やっと出た言葉は鬼道を非難するものだった。やってしまったと思っても時既に遅し。
それでも自分達の生活を否定する鬼道に我慢できなかった。
「……不動は違う。ちゃんと俺のことを見てくれるんです。セックスなんかなくたって愛し合うことができる。俺たちはそういう関係で幸せなんです。これは何度か言いましたよね」
「それは不動も同じ気持ちなのか?」
「はい」
その肯定に偽りはなかった。鬼道は先日不動に聞いた幸せなのか、という質問に対しての彼の返答を思い出した。とても迷いのある、曖昧な答え。なんて哀れで愚かな二人なんだろう。鬼道は心底そう思い、胸の中にえもいわれぬ喜びが沸き起こった。
「じゃあいつまでも二人仲良くそうしていればいい」
鬼道は佐久間との距離を詰める。それを察した佐久間は身の危険を感じ、失礼しますと告げ退室しようとしたが、それより先に思いきり腕を掴まれた。鬼道の手が腕に触れた瞬間、恐怖で身体が強ばったのが自分でも分かる。
「本当は毎日怖かったんだろう」
思いきり押し倒されると、抵抗するより先に膝で敏感な箇所を刺激された。
服を脱がされ、身体を触られる。嫌だと言ってもやめてもらえない、子供の頃に受けたあの屈辱が再び佐久間を襲った。
「俺が帝国に戻ってきて、いつまた襲われるんじゃないかって、不安で仕方なかったくせに」
お前は俺から逃げられないんだな。そう言って鬼道は笑う。佐久間は可哀想な奴だと、足を開いて中を思いきり突き上げながら、泣き叫ぶ佐久間にそう言い続けた。
佐久間は何度も犯され、最後に口の中に精液を放たれたときには既にボロボロの人形のようだった。
口から白濁の液体が溢れるのを拭うこともできない、抵抗する術を何一つ持っていない、鬼道の人形。
何年の月日が経とうと、佐久間は、鬼道から逃げることはできなかった。
*
ただいまと言ってドアを開けたがお帰りという声がない。
だが玄関に佐久間の靴はあるから、帰ってきていることは分かる。部屋は真っ暗でどうしたのかと思えば、佐久間はベッドに横たわっていた。その姿は死んでいるようにも見え、咄嗟に身体を揺すろうと肩に触れたとき、びくりと身体が跳ねた。佐久間は他人に自分の身体を触れられるが苦手だ。それでも、付き合い始めてからではあるが、俺だけは触っても怖がることはなくなった。だから、自分が触ったことでここまで怯えた表情を見るのは久し振りだ。
「佐久間、どうしたんだよ」
こういうときに下手に近付いては却って恐怖感を与えてしまう。それは昔からの経験で分かっていたからこそ一歩下がり、優しく声をかけた。
「あ、ごめん……なんか体調悪くて」
消え入りそうな声は、朝の元気な様子からは想像もつかないような弱々しさで、こんないきなり具合が悪くなるものなのかとも思ったが、本当に具合が悪そうだった。薬飲むかと聞いてもいらないと返ってくる。話すのも億劫そうだったので、俺はお大事にと声をかけて部屋を出た。
*
次の日、佐久間は仕事を休むと言った。今まで、体調が悪くてもこんな風に自分から休むことはなく、そんなに悪いなら病院行こう、と言っても寝ていれば治ると外に出ようとすらしない。
「体調悪いなら病院行かなきゃ治んねーだろ。薬もらってこいよ。それともなんか嫌なことでもあったのか?」
「……別に大丈夫」
こんな声で大丈夫と言う奴が本当に大丈夫なわけがない。それから何度か声をかけたものの、返ってくるのは大丈夫という言葉だけだった。こうなっては仕方ない、明日になれば元気になるだろうと判断し、そっとしておくことにした。
*
ところが、それから三日経っても佐久間は仕事はおろか外にすら出ようとせず、いよいよおかしいと思い始めた。
佐久間がこんなことになったのは今まで一度だってない。佐久間の身に何かが起き、この数日間ろくに食事もせず塞ぎ込んでいる。それほど辛いものを一人で抱えているのに俺に何一つ相談しようとしない。それにものすごく腹が立ったし悲しかった。
相変わらず帰ってきても部屋は真っ暗だった。俺は寝ているのか起きているのかも分からない佐久間の名前を呼んだ。
「あ、不動……」
「お前さ、これ体調不良じゃねぇだろ」
「……」
「何で俺に言わねぇんだよ」
「……ごめんなさい」
「仕事に行けなくなるほど辛い思いしたんだろ?一人でこの数日間ずっと悩んでたんだろ?それならそうだって言えよ!!俺たち付き合ってんだろ、そんなに俺頼りねぇか?」
「ちが……そんなこと」
「だったら中学ん時みたいに一人で抱え込むなよ」
佐久間の身体を抱きしめるとごめんなさいと言いながら泣いていた。もう謝んなくていいから、ちゃんと話してほしい。そう言って涙を拭いてやるとまたごめんと謝った。そして
「不動を、傷付けると思ったから……言えなかった」
そう言った。
傷付ける?その言葉に嫌な予感がする。いや、佐久間だってこう見えても一応大人の男だし、抵抗だってそれなりにできるはずだ。それに最近の佐久間は帝国学園とこの家の往復しかしていない。片道三十分程度で、この家も帝国学園も最寄り駅から五分圏内に入っている。一体どこに襲われる場所があるのだろう。
つまりそういうことではない、そんなことはあり得ない、と勝手に安心し、優しく言葉をかけた。
「俺はお前が一人で悩んでる方が傷付くんだよ。何話してもちゃんと受け止める覚悟はできてるから心配するな」
そして佐久間から聞いた話は、信じるには難く、受け入れるにはあまりにも酷なものだった。
「鬼道さんに……襲われた」
聞くんじゃなかった。一瞬、本気でそう思った。