仕事帰りの駅で、本当に偶然、不動とばったり再会した。お互い中学卒業以来だったのもあり、流れでそのまま呑みに行った。
ぐんと背が伸びてたくましくなった不動。元々端正な顔立ちも、大人になったことで、より男性的な魅力に溢れていた。
そんな不動を見てうっとりしながらも、近況を語り合ったり昔の思い出話に花を咲かせ、楽しい時間を過ごす。

俺は割りと酒に強い方だ。不動も、ペースの早い俺に合わせて飲んでいたからてっきり強いのかと思っていたが結構早めにダウンした。

「不動、大丈夫か?水飲んだ方が――」

コップを渡したと同時に俺の携帯の着信音が鳴り響く。すまないと言って席を外し、トイレまで行くと、画面に表示された名前はセフレの一人で、この日も不動に遇わなければいつものようにホテルへ行く予定だった。

「佐久間君、今日約束してたよね?何で来ないの?」

「ごめん、急な仕事が入っちゃって。今度埋め合わせするから」

不動との時間に夢中で、キャンセルの連絡を入れるのをすっかり忘れていた。取りあえず相手には表面上の謝罪をしてさっさと電話を切る。長話なんかされたら堪ったものじゃない。

「不動ごめん……ってお前大丈夫か?」

戻ってきたら不動はテーブルに突っ伏して眠っていた。本当に酒弱いんだなと思うと、その意外性になんだか可愛くも感じる。それでもここで寝かせるわけにもいかないので体を揺すって起こそうとした。

「不動、おい不動ってば。起きろよ」

何度か強めに揺すると意識が戻ったのか、ゆっくりと体を起こした。しかし酔いが醒めていないのか明後日の方を向いている。

「おーい、俺のこと分かる?不動がこんなに酒弱いと思わなかったよ。何でこんな弱いのに――」

「俺さ」

俺の言葉を遮るようにして不動は口を開いた。しかしその言葉は俺に向かって言っている様子でもなく、酔っ払いの一人言のようなものに近い。ここまで酔っているなら早く連れて帰るべきだろうと判断して、鞄から財布を出そうとしたが、不動が続けて言ったその台詞のせいで、俺はその手を止めてしまった。

「佐久間のこと、好きなんだよ」

何故お前はそれを壁に向かって話すんだ。素面の時ならそう言えただろう。ずっと聞きたかったその言葉は、直接俺に言われたものではないのがとても複雑だ。もっとロマンチックに言われたかったなぁとすら思えた。なにもこんな状態で言わなくても……。しかし酔っているからこそ本音が出るものだ。自惚れかもしれないが、これはきっと不動の本心なのだろう。

「不動、それって――」

ずっと前から好きだった。今まで男を好きになったことなんてなかったから、この気持ちがどういうものなのか、かなり悩んだ。でも卒業式の日に告られたときは本当に嬉しくて断りたくなんかなかった。今日久々に会ったけれど佐久間は相変わらず綺麗で優しくて、俺は今でもこいつが好きなんだと思い知らされた。
要約すると大体こんなことを言っていた。話振りからして俺が隣にいることも気付いていないようだった。人は酒を飲んで泣き上戸になったり暴れたりとそれぞれ人によって様々な行動に出る。俺はそもそも酔うことが少ないけれど、かなりの量を飲めば泣きながら怒鳴る、と以前誰かに言われた。そして不動の場合は一人の世界にでも入るのだろう。大迷惑だ。
それにしても俺の中に浮かんだ疑問はひたすら大きくなっていくばかりで、まだまだ酔ってはいないものの頭が混乱してきた。
佐久間のことが昔から好きで、告白されたときは嬉しかった。不動は確かにそう言った。

じゃあ何で付き合えないなんて言ったんだ。

今も好きだと言われたら真実を聞くしかない。俺は再び眠ってしまいそうな不動を叩き起こして会計を済ませ、店を出た。
中学時代とは違い、体格差がはっきり出ている現在の状態で、不動を支えて歩くのは大変な作業である。ハゲだのベンチだの悪態をつきながら休める場所を探したものの、まともな処はなく、仕方ないので近くにあったラブホテルに入った。
不動を介抱してベッドに寝かせた後、特にすることもなかったせいか、俺も睡魔に襲われてそのまま眠ってしまった。

その次の日隣で眠っていた俺を見て不動はどれだけ驚いたことだろう。目が覚めたらラブホテルにいて、その横で昔の友人が寝ているのだから動揺して当然だ。
ところが思ったよりも不動のリアクションは薄かった。不動が起きたことにより俺も目が覚めて体を起こした。

「不動おはよう。昨日すごい酔ってたけど今大丈夫か?」

「やっぱ昨日飲んでたのか。俺さ、酔うとその日の記憶がほとんど抜けるタイプなんだよ」

佐久間とばったり遇ったってのは覚えていると不動は言った。そこから抜けているということは昨晩の記憶は完全にないのだろう。
ないなら尚更何故この状態に何も突っ込まないのだ。いくら相手が男の俺とはいえ、気が付いたらラブホテルで寝てましたなんてことになっていたら確実に事後なのかセーフなのか聞くだろう。気にしていないのかそれとも他の理由があるのか。
俺は待ちかねて先に

「一応言っておくけど別に昨夜は俺ら何もしてないから。ただ寝てただけ」

と言ってしまった。にも関わらず不動は良かったと安心こともなく、まるで自分が何もしてないのを確信しているような反応だった。
昨日から不動と話しても却って疑問が増えるだけだ。こうなったら一つずつその疑問を解決していくしかない。俺はまずあの事を聞いた。

「不動さ、昨日言ったことは覚えてないんだよね」

「悪ぃ、ほとんど記憶ねぇわ」

「昨日、不動は俺のことが好きだったって言ったんだ」

その言葉を聞いて不動は初めて動揺した。そんな反応をするということは、つまり、

「それ、本当?」

「……ああ」

やっと俺に向かって言われたという喜び。確かにあれは事実だったんだと思うととても幸せな気持ちになれた。けれど不動はどこかばつが悪そうで、俺は更に質問を続ける。

「何で?何で好きだったのに付き合えないなんて言ったんだ?」

その問いかけに、不動は中々答えてくれなかった。なにか特別な事情でもあるのか、それならそれでいい。俺は今でも不動が好きだ。どんなものでも受け止めるから教えてほしい。しつこく説得を繰り返すと、不動はようやく口を開いてくれた。