「好きだ、付き合ってほしい」

俺が佐久間にそう言ったのは、高校一年の夏。あの日は蒸し暑く、朝っぱらから日差しが照りつけていた。部活が午前中で終わったが、なんとくまだ帰りたくなくて、同じように部室に残っていた佐久間と話していた。いつものように暑いだの講習が大変だの昨日観たテレビが面白かっただの、他愛もない話をしては笑っていた。そうしながらも、一度は諦めていた気持ちを俺は抑えることができなくて、我ながらあまりにも唐突だとは思ったが、ごく普通の会話の最中に、好きだと言った。いきなりどうしたんだと言わんばかりに、佐久間はとても驚いた顔をしていたが、寂しそうな顔で

「不動のことは好きだけど、付き合えないよ」

と言った。
その言葉に俺は納得がいかず、どういう意味だとしつこいくらい佐久間に訊ねると、佐久間は、不動になら、と打ち明けてくれた。

「付き合うことになっても、俺とじゃ普通のカップルにはなれないし、不動の思いにも応えられない」

「性別がなんだって話か?」

「違うよ。そんなことじゃない。……俺は」

セックスができない。そう言って、佐久間は恐る恐る話始めた。

佐久間は小学生の時、父親から性的虐待を受けていた。抵抗すると殴られたから、仕方なく従って、気持ち悪いことも沢山された。毎日が地獄のような生活だった。
そんな父親から逃げるべく、寮のある帝国学園に入った。
ところが、入学して間もない頃から同性のクラスメイトたちの、自分を見る目が異常なことに気付く。
同級生だけでなく、先輩からも告白されるようになった。多くは断ったが、どうしても諦められないと食い下がる奴がいた。
そいつから好きだ、と毎日言われ続け、そこまで言うならと佐久間は了承してしまった。
しかしそれが間違いでもあり、付き合ってまだ日も浅い頃、佐久間は無理矢理犯された。

俺は嫌だって言ったんだよ。そうしたら人が変わったように襲ってきて、そいつの姿が父親と被っちゃって怖くて何にもできなかった。
そう言う佐久間の手は僅かに震えていた。

その日写真を撮られ、バラされたくなかったら、という典型的な脅迫をされ佐久間は性欲処理の度にそいつに呼び出しを食らうようになった。
中学校という狭い世界の中でそんな関係を持っていれば、表面には出なくとも裏では噂として簡単に広まってしまう。
それを知った他の奴らも佐久間に迫るようになった。酷いときはどこかに連れ込んで輪姦なんてことも。

俺は中二の半ばで転校してきたが、そんな話聞いたこともなかった。佐久間はごく普通に学校に来ていたし、部活も俺と一緒にチームをまとめていた。初耳だと言えば不動だけには死んでも知られたくなかったから、口止めしてたと返される。

「何で言わなかったんだよ!知ってたら――」

「好きな奴に強姦されてますなんて相談できるわけないだろ。……それに、不動だって遊んでたじゃん」

俺は思わず黙ってしまった。
佐久間も俺のことを好きでいてくれていたのか。それは俺に嬉しさとどうしようもない後悔を与えた。
佐久間を好きだと気付いた頃、いくら女みたいな顔をしているとはいえ同性を好きになったという事実は、俺には受け入れられなかった。忘れよう、その一心で俺は適当に好意を寄せてくる女子と付き合っていた時期があった。勿論俺はそいつらのことをなんとも思っていないから、長くは続かなかった。それでも、愛情があろうとなかろうと、遊んだことには変わらない。


「女子と付き合ってたし、不動はノーマルだと思ってたよ。だから今こんな風に告白されてビックリしてる」

重くなった空気を変えようとしたのか、佐久間は少し明るい口調になった。

「それより俺は中学の頃からお前が俺のこと好きだったって方が驚きだけどな」

「そうかな……何度かバレた!って思ったことあったんだけど」

「俺も!ってことはどっちも気付かなかったんだな」

お互いに顔を見合わせて笑う。こういう瞬間に見せる佐久間の笑顔が堪らなく好きだ。
しかしその明るい笑顔はすぐ、寂しそうな表情へと変わった。

「不動も普通の男だから、セックスはしたいと思う。それは分かってる。けど、俺は子孫を残すという目的もないのにセックスをする意味が理解できないんだ。セックスが愛の行為なんて絶対に嘘だ。みんな俺のことを好きだって言う。でも本当に俺が好きな奴なんかいないんだ。みんな、ただセックスがしたくて言ってるだけ。みんな嘘つきだ。恋愛はしたい。誰かを本気で愛したいとは思う。でも男が怖い。俺はもう触られるのすら嫌なんだ」

震える手を握りしめながら、佐久間は泣いていた。こんな思いしたくなかった、こんな体になりたくなかった、そう言って泣く佐久間を抱きしめる訳にもいかず、俺は佐久間の手の上に自分の手を重ねるしかなかった。

「俺はお前にそういうの求めねぇから」

それでも、なんとか佐久間を安心させたくて重ねた手に力を込める。本気で守りたいと思った。帝国に転入したはいいものの、全く馴染めなくて不貞腐れていた俺の側にいてくれた佐久間を、一緒にサッカーやって、下らないことで笑い合える佐久間を、心から愛しいと思った。

「俺はヤりたいだけでお前にコクってきた奴らとは違うんだよ。本気でお前が好きでそう言ってんだから、一緒にすんな」

そうだ、俺は違う。佐久間の性格に、人間性に惹かれて好きになったんだ。外見だけ見て惚れるような薄っぺらい感情なんかじゃない。
自分だけは他の奴らと違う、そんな自信があった。





その日から俺たちは付き合い始めた。俺はいつも佐久間の隣にいたし、佐久間は俺の側を離れなかった。そのお陰で佐久間に関係を迫るような奴は次々減っていった。近づこうものなら俺が許さない。自分で言うのもあれだが、喧嘩はそこそこ慣れている。

周りからはまだキスもしてないの?とか遅いとかうだうだ言われたが放っておいた。俺たちには俺たちのペースがある。少しずつ良くなっていけばいいのだから。

無理はせず、一歩一歩進む。そのスタンスが俺たちには合っていた。そのお陰で佐久間との時間はとても有意義なものになったし、佐久間も俺にならいきなり触られても怖がるようなことはなくなった。
卒業前にはキスもできるようになり、誰もいない部室で二人、泣いて喜んだのを今でも覚えている。
そして、そのとき交わした約束は絶対に守られると確信した。

それぞれ別の進路に行くけれど、もし、大人になって再会したときに、お互いまだ好きだったとしたら、こんな風に付き合おう