俺が不動を好意を持ち始めたのは、FFIの最中だった。どうして好きになったのかとか、どこが好きなのかなんて考えただけできりがないくらい、俺はあいつに惚れ込んでいた。
不動は格好良いのだ。中学生の頃は背も低く、線も細かったくせに堂々としていて頭も良かった。それに何より男らしくも色っぽい声や、整った凛々しい顔立ちは体型をカバーできるほど、とても雄々しく感じられた。
女みたいな顔をしていつまでたっても変声期がこない俺。褐色肌だし背だって俺の方が高かったのに、不動の方が圧倒的に男らしかった。学校で女扱いされ続けてきた俺は、そんな不動が羨ましかった。似たような体型なのに、不動は正真正銘の完全な男。それにすごく憧れをもった。
他にも男らしいやつなんて沢山いたが、俺の中で、男としての理想像が不動だったのだ。
人は異性に憧れを持つと大抵それが恋慕へと発展する。
俺の不動に抱いた憧れの気持ちはそのまま好きという感情に変わった。
俺は、同性愛者だ。

俺におかしな妄想を押し付けてくる連中に強く言えないのは、仲間に迷惑をかけないようにとか、自分の安全のためとか、確かにそれもあるけれど、それだけじゃない。

男なのに男を好きになる、所謂ホモセクシャル。それに気付いたのは小学校の四年生頃だった気がする。初恋は男の先生だったし次に好きになったのも同じサッカークラブに所属していた二個上の上級生。俺は女の子にまったく興味を示せなかった。
今まではそうではなかったけれど、たまたま同性を好きになったとかはホモセクシャルに入らないと聞いたが偶然なんかじゃない、俺は男が好きなんだ。
この、自分のアブノーマルな性癖を認知はしたもののショックは大きかった。自分は男を好きになるのだから本当は女なのかもしれないと、誰にも相談できず一人で苦しんだ。
中学に入ると周りの俺を見る目が変わった。しかしその中で俺が好きになるような男はいなくて、付き合うなんてこともなくごく普通の日常を過ごしてきた。
もし自分が同性愛者だとカミングアウトしたとしても軽蔑はされないどころか喜ばれただろう。けれどそれを皆に知られることで、ただでさえ女みたいな自分が、男として証明するものがなくなってしまうような気がした。
まさか人前で脱ぐわけにもいかない。男子用の制服を着ても、髪をショートにしても女子と間違えるような容姿で、男を好きだと言ったら、本当に俺は男じゃなくなってしまう。俺はオカマではない。男でありながら男を好きになりたかった。

だからカミングアウトもできないし、男のくせに気持ち悪いと言えば、それは同性愛者である自分の心の中に跳ね返るだけ。
それなら黙っていた方がいい。毎日ストレスを溜めながらも、そう判断した。

そんな日々を過ごすうちにFFIが始まり、俺は不動と再会、和解した辺りで自分が不動に好意を持っていることに気付いた。久しぶりの恋だった。
今考えるとなんて馬鹿だったんだろうと思う。大事な大会の真っ最中にあまりにも浅はかだったと。しかし所詮は中学生。若気の至りというやつで、大会中にも関わらず、俺は不動に告白した。
結果は予想通り断られた。しかし俺と違ってノーマルな不動が、男の俺に告白されても気持ち悪がったりしなかったことが何よりも衝撃的で、悲しかったというより驚いた。失恋した割には、毎日があまりにも忙しかったせいか、まぁ仕方ないという楽天的な気持ちで、次の日からも変わらず不動と接していたし向こうも避けるようなことはしないでくれた。

だが俺の気持ちは不動の転入により大きく変化する。
一時的にあの学校から離れたことにより、俺が戻ってきたときの奴らの目はよりギラギラして見えた。また元の生活に戻るのかと思うと憂鬱だった。
勿論サッカー部の仲間は好きだ。しかし彼らも、同じ淀んだ空間で生きてきた帝国の人間。同級生に異様な眼差しを向けられる俺に、どこか距離を置いていたことを俺は知っていた。

だからこそFFIは、そして不本意ながらも真帝国にいたときは空気が入れ替わったような気がした。常に周りからの視線を浴びていたがそんなこともなく、ひたすら仲間とサッカーができる夢のような毎日。
それが終わりを告げたとき、不動はやって来た。
俺がここでどんな扱いを受けているかなんてまったく知らないし、興味すらない不動は俺にとっては心の拠り所だった。不動の隣にいるときは気味の悪い視線も、あの異様な空気もまったく気にならないのだ。
クラス内であまりくっつきすぎると、不動がおかしなやつらに嫌がらせを受けると思い、クラスの方ではあまり話せなかったが、部活は俺と不動が中心となって仕切っていたから、自然と一緒にいることが多かった。
少しでも不動の近くにいることができるだけで俺は安心できた。不動の存在は、汚らわしい奴らから受けるストレスを浄化してくれる。あの空気に染まらない不動のことをどんどん好きになっていった。
そしてFFIの時よりも、一層恋しくなり、どうしようもなくなってしまった。高校はどうするのだと聞いて、公立に行くと言われたあの日のことはまだ覚えている。やたら教育熱心な家で育った俺が、進学校でもない普通の公立に行きたいと言ったところで、行かせてもらえる筈もなかったから、中学卒業と共に離れ離れになることが決まってしまった。そうなれば俺だってもう帝国にいる意味はなく、こんなところおさらばだと思いエスカレーター式である帝国学園の推薦を蹴って別の私立校への進学を決めた。

しかしこのまま不動と友人で終わるのは我慢できなくて、卒業式の日、再び告白をした。
そして不動から返ってきた答えは

「悪いけど付き合えない」

だった。
二回も振られ、最初のものよりもずっと想いが強くなっていたから流石に堪えた。不動からしてみれば二度も男から告白されていい迷惑だ。それをからかったり蔑視したりしないだけ、不動は誠実に対処してくれたと今なら思える。
だが俺はそれどころではなくて、失恋のショックから立ち直ることもできず段々とおかしくなっていった。

高校は共学にしたお陰で、あからさまに好意を露にしたりする奴はいなくなった。ところが再び男にもて囃されるようになり、中学時代のようにアイドルのような崇拝はされなかったが直接告白される数は増えてしまった。
高校に入学して初めて告白されたのは確か六月の蒸し暑い日だったはず。相手は二個上の先輩で、不動のことを引きずっていた俺はいい機会だと思い受け入れた。そしてその先輩が俺の初体験の相手となった。
それから完全に吹っ切れてしまった俺は、不特定多数と関係を持つようになり、学校内だけでなく他校や塾生とも平気でセックスをした。
俺のことを純粋できれいだと思っていた帝国学園の奴らにこの事を教えてやったらどんな顔をするだろう。そう思うと楽しかった。お前の妄想の中の俺は清潔でも、現実の俺は誰とでも寝る不潔な奴なんだざまあみろと心の底からそう思った。
有名な進学校に通いながらセックス三昧、成績は落ちることもなかったし俺は勉強と不健全な楽しみを両立させながら高校生活を送った。
実際セックスは楽しかったし相手によればお金をもらえることだってあった。しかしそんな毎日を過ごしたせいで俺の身体は自慰だけでは満足できなくなっていった。
セックス依存症。中学の時に保健の授業で少し話題になったのを覚えている。原因は幼少期の親の愛情不足だとか過度のストレスだとか色々あるらしい。
俺の場合は後者だと思う。受験が終わっても高校で勝ち抜いていくためにはまた勉強をしなくてはならない。中学時には気持ち悪い奴らへの気遣いもあった。そしてあの失恋も原因としては大きかったはずだ。
セックスをしている時は何もかも忘れることができた。それに夢中になって他のことを考えなくていい。とにかく刺激が欲しかった。
セックスは覚醒剤みたいなものと同じで一度その快感を味わうとやめられなくなる。その事を知った頃には遅く、二年生になろうとしていたときにはもう既に、典型的なセックス依存症になっていた。
そしてその生活は大学生になっても社会人になっても変わることはなく、不動と再会するまで続いた。

再会したのは二十三歳の冬。不動に会うのは五年ぶりだった。