「やべぇもう眠いんだけど。やっぱり昨日大会終わって調子乗ったのが響いたかなー」

「また一人でやりすぎたのかよ。何回?」

「七回」

「マジで!すげぇ!!」

帝国学園の生徒だって、厳しい練習中は真剣な顔をしていても休憩時間になると本来の幼い中学生の顔に戻り、思春期らしい話題で盛り上がる。女子の目がないだけあって、明け透けに話すからこちらまで丸聞えだ。自慰の話だのやってみたいプレイだのおすすめのエロ雑誌だの、彼らの話題は尽きない。

「なぁ、D組の和田が彼女とヤったって噂知ってるか?」

「ああ聞いた聞いた!あれマジらしいぞ」

「くそ!中二で童貞卒業とは羨ましいぜ」

「だよなー」

俺もヤりたいだのなんだの言いながら盛り上がる生徒たちを見て俺は鬼道と苦笑いしていた。
いつの時代でもこういう話は廃れないものだ。
俺が休憩終わりと告げるとさっきまでヘラヘラ笑っていた彼らはすぐさま選手の顔になった。ここの切り替えが上手く出来るところが、今の帝国学園の生徒の良いところだと俺は思う。次の練習メニューを言い渡し、再び厳しい特訓が始まった。


今日はいつもより早めに切り上げ、生徒を帰すことにした。大会も無事によい結果を出して終わり、ここ最近は皆遅くまで部活をしていたため、たまには明るいうちに帰って体を休ませることも大切だろう鬼道と話し合って決めたからだ。それは選手だけではなく俺たち監督やコーチも同様、肉体的な面は勿論精神的にもリフレッシュした方が良いと思い俺たちも学校に残らず帰ることにした。

「寄り道しないでさっさと帰れよー」

彼らはまだ中学生。これだけ部活漬けの生活を送れば遊びたくもなる。しかし体調管理も選手として大事な能力の一つだ。帝国学園のサッカー部員としての自覚と責任を持って行動してほしい。そんな事を考えながら挨拶をして帰っていく部員たちの背中を見つめていた。

「あいつらも成長したな」

隣で鬼道はそう言った。

「ああ、顔つきかなり変わったよ。中学生は大きくなるのもあっという間だ」

まるで我が子の成長を見守るような口振りに、鬼道は笑っていたが俺にとっては帝国サッカー部の子達は自分の子供みたいな存在だった。

「俺たちも帰るか。それともこれから食事にでもどうだ?」

「ごめん、折角だけど今日は」

「不動とゆっくりしたいってとこか。相変わらず仲良いんだな」

「それか三人で食べるのもどうだ?」

「いや、それはやめておこう。お前らのお邪魔虫にはなりたくないからな」

「そんなことないよ。まぁ鬼道も奥さん大事にしなくちゃな。最近構ってあげられなかっただろうに」

からかうような口調で言ったが、鬼道はそうだな、と軽く受け流しただけだった。鬼道の左手薬指に嵌められたそれがキラリと光る。隠す必要もなく、世間に認められている男女の結婚を、羨ましく思いながらも俺は不動がいればいいやと、そんな風に思っていた。


「ただいま」

そう言っても返事がなく、不動の靴もなかった。今日は俺の方が早かったようだ。このところいつも出迎えられる側だったから、たまには俺が待つのも良いだろう。

やがて不動がドアを開ける音がして俺は主人を出迎える犬のように不動の元へ駆け寄った。

「お帰り!」

ぎゅっと不動の体を抱き締めると、犬かよなんて言いながらも抱擁に応えてくれる。確かに俺はペットみたいだ。でも不動のペットなら悪い気はしない。

久々に二人で台所に立って一緒に料理を作る。俺は不動に比べてかなり下手くそだったけど、こうして二人で暮らしていくうちに上達し、今ではかなりのレパートリーがある。
一緒に作ったものを一緒に食べる。なんて幸せなことだろう。食事をしながら俺は生徒の事を話す。

「それでさ、龍崎もシュート技覚えたんだよ」

「龍崎ってあのシードだった奴か」

「そうそう、今じゃシードもそうじゃない子達に混ざってサッカーしてる」

「良かったな、お前の努力が報われて」

まだホーリーロード真っ只中だったとき、レジスタンスの活動の為にシードを排除しなくてはならなかった。それでもやっぱりシードとはいえ中学生の彼らを学校から追い出すなんて俺にはできなくて、交渉に交渉を重ね、なんとか処分にならずに済んだ。そういう出来事があったからなのか、シードは勿論その話を知っている部員たちも皆俺に甘えてくるようになった。今は寮ができて地方から来ている生徒も多い。俺に母親を重ねているのだろうか。何はともあれ大好きな生徒になつかれるのは素直に嬉しいものだから、俺も自分の子供のように彼らがいとおしかった。

「鬼道クンは元気か?」

「いつも通りだよ」

「あいつがまさか結婚するとはねぇ」

「俺も聞いたときはびっくりしたよ」

鬼道の結婚は、俺たちにとっては正直円堂の結婚より衝撃的だった。

「けどまぁ鬼道クンは生粋の仕事人間だし、奥さんほったらかしなんじゃねぇの」

「流石にそれはないだろう。きっといい夫婦だよ」






ドライヤーの風が心地よい。自分でやると言っても、不動は俺の髪を乾かしてくれる。不動が丁寧にブローしてくれると、いつもに比べて髪が綺麗になるのは気のせいではないはずだ。
終わったという声を聞くと同時に俺は不動に抱きついた。

「不動、今日いいかな?」







服を脱いでベッドに横たわると、一瞬昔のことを思い出した。それを振り払うように、俺のことを上から見下ろしていた不動にキスをする。少しだけ、挑発的にしてみたけれど、やっぱり不動は乗ってこない。
ズボンも今すぐ脱がせたくなった。

「俺のこと好き?」

「なんだよいきなり」

「別に……。不動っていい身体してるなぁって思って」

「意味わかんねーしうぜぇ」

不動は俺の額を軽く指で弾いた。多少痛いけど悪い気はしない。それに身体のことを褒めても喜ばないのは知っている。不動は自分の身体が、というより自分そのものが嫌いだから。
それでも俺は、不動の身体を見て感嘆のため息を漏らさずにはいられない。
俺は元々筋肉の付きにくい体質で、昔から自分の身体が好きじゃない。不動も昔は華奢な部類に入っていたし、今もどちらかといえばそうだ。それでも、流石プロの選手だけあって頼もしい身体になったと思う。不動の身体を見るたびに、モデルやCMのオファーがひっきりなしにくる理由が分かる。本人はすべて断ってしまうが、一つくらい引き受けてもいいのにと俺は思ってしまう。

不動に見下ろされるのは好きだ。真帝国にいたときは、倒れた俺を、自信に満ちた笑顔で見下すあいつの顔に何度殺意が沸いたことだろう。その時は妬ましかったのだ。何かに囚われることもなく我が道を行く不動が。
今、俺が見下ろされてもそれを嬉しいと感じるのは、不動が、俺が思っていたような奴ではなかったから。

ぎゅうと抱き締められて、不動の体重を、体温を、直に感じる。男らしくて温かい、肌と肌が触れるこの感覚がとても気持ちよくて、幸せだった。
それなのに、嬉しいはずなのに、何だか不意に涙が出てきた。それを悟られないよう、不動に訴えて体勢を逆転させ、不動の肩に軽く歯を立てる。声を押し殺してやり過ごすと、涙はそのまま不動の髪の上に落ちた。


現在、付き合って二年が経とうとしていた。震える声と精一杯の笑顔で俺は愛を囁く。


「俺、不動のこと大好きだよ」



声を上げて泣きたかった。
俺は不動に抱かれたことがない