人は見かけによらないというがまさにその通りだと俺は思う。見かけなんていくらでも取り繕うことができるんだからそんなもので人を判断するのは如何なものだろうか。しかし一人の人間を知るには多くの時間と労力が必要になるから、どうしてもその前に"多分こんな人だろう"という目安を付けなくてはならない。だが俺は外見で勝手にあれこれ決めつけられるのが大嫌いだった。




「不動、ただいまー」

毎日仕事に追われるような生活が続く。充実しているが大変といえば大変だ。鬼道が再び帝国へ戻ってきたから、少しは負担が減ったものの忙しさはあまり変わらない。

「お帰り、今日も遅かったな」

そう言って頭を撫でてくれる不動に思いきり抱きついた。ひとしきり抱き合った後、軽くキスをすれば大抵のストレスは吹き飛ぶ。寝ていないときは、先に帰ってきた方が廊下まで出迎える。それが二人の習慣となっていた。それはどちらかが強制したとかそんなのではなく、単に一秒でも早く会いたいという気持ちから起こったことだ。

「メールしたから知ってると思うけど夕飯は食べてきた」

「分かってる。一応作りはしたから明日の朝にでも食えよ」

「うん」

俺は不動が淹れてくれたお茶を飲みながら今日あったことを話す。不動は相槌を打ち、俺が話終われば自分のことも話してくれた。
何気ない会話でも不動と話せばそれはとても楽しいものになる。毎日のありふれた生活も、不動がいればキラキラと輝いて退屈だなんて微塵も感じない。
俺は不動が大好きだ。他の誰よりも愛している。不動のいない人生なんてごめんだ。
今はそれを堂々と本人の前で言える。照れ臭そうに馬鹿じゃねぇのと言いながらも抱き締めてくれる、そんなところも好きだ。
ずっとこうしていたい、そう思っても時計を見るとそんなことも言っていられない。明日も朝から仕事だ。俺は不動に先に寝てくれと告げシャワーを浴びに浴室へと向かった。

体をきれいに洗い、髪を乾かして寝室へ向かうと不動は既に寝息を立てていた。
俺は起こさないようにそっと隣へ移動する。掛け布団の中に体をするりと潜り込ませ、枕に頭を乗せると不動の肩まで伸びた柔らかい髪が俺の頬をくすぐった。
昔はハゲなんて言ってからかったことすらあるのに、今じゃ中学時代の俺といい勝負だ。
できるだけ不動に近付いて、不動の存在を感じながら俺は眠る。最近特に仕事が多いせいかすぐに意識が飛んだ。




よく、優しそうとか怖そうとか、初対面の人間の感想を言うときに使う。それが少し親密化すると金遣いが荒そうとか、酒に強そうとか、徐々に性格や性質みたいに具体的なものに変わる。学生時代からそういう予想を立てるのが好きなのかは知らないがやたらその類いを口にする輩が沢山いた。

「佐久間君って純粋そうだよね、えっちなこととかなにも知らないでしょ」

俺の第一印象は真面目で大人しそうが圧倒的に多い。確かに騒がしい方ではないと思う。それでも年相応にははしゃぐし友人とふざけ合うことも好きだ。
ここまではまだいい。そんなことないと心の中で思いながら愛想笑いをすれば良いだけだから。
しかし段々と中身を勘繰られていくと潔癖そうとか純粋無垢なイメージだとか好き勝手言われる。
男子校の帝国学園では、女顔の俺はアイドル状態だった。俺のことを天使だとか女神だとか言ってくる奴は多く、それに関してはただただ気持ち悪いという感想しかない。俺は天使でも女神でもない、ただの男子中学生だ。
しかし学校の連中は勝手に妄想を膨らませ、俺を純粋で性的なものには全く縁がなくセックスなんて一生したくないと思っている奴だと決め付けた。アイドルのファンの中に時々いる、アイドルはみんな処女だ、とか思ってるやつ。そんなのばっかりだった。
こんなの俺じゃない、そもそも夜は俺をオカズにしているくせに自分が手に入れることができないからって永遠の処女設定にするとは随分傲慢な話じゃないか。彼らに言いたいことは山ほどあった。
それでも下手に刺激して襲われたりストーカーでもされたら俺だって嫌だしサッカー部の仲間にも迷惑がかかる。それだけは避けたかった。
だから俺は真面目に勉強して思いきりサッカーをやって、周りが下劣なネタで盛り上がると静かにその輪から外れた。そんな俺を見て可愛いだの綺麗だの言って男共は喜んだ。俺は完全に女扱いだった。男しかいない狭い世界で、俺を理想の女の子に見立てて欲情する異常なクラスメイトたち。確かに華奢だけれど体はちゃんとした立派な男なのに、それを完全に否定された気がした。まるで自分が男として不完全だと言われているようで、とても惨めだった。