episode27
部屋は俺と不動の二人きりになった。
俺は今から現実と向き合わなければいけない。
一緒に乗り越えたいならちゃんと不動の話を聞こう。
姿勢を整えようとパイプイスに座り直すと、俺の意図を読み取ったのか、不動は上体を起こした。
「寝てなくていいのか?」
「そんな重症でもねぇよ」
寝ていても話はできると思い、体調を気遣ったが逆に寝るのは嫌らしい。
それなら話を聞くまでだ。
俺は覚悟を決め、不動の手をぎゅっと握った。
「佐久間?」
「俺に今までの事全部話してくれないか?」
そう言っても不動は話そうとしない。
確かに俺だって好き好んで聞きたくない。でも不動がここまで苦しんだのだから一緒に乗り越えたかった。
「俺は…不動が好きだからこそ知りたいんだよ」
握りしめていた手にきゅっと力を込める。
すると更に強い力で手を握り返された。
不意にやられたものだから思わずこちらの力を弱めると、黙っていた不動が口を開いた。
「取り引きだったんだよ…」
「取り引き?」
「ああ。…鬼道がお前に手を出さない為のな」
『手を出さない』それがどういう意味なのかくらい俺にも分かった。
「お前が鬼道にヤられたって聞いたときはアイツが許せなくて俺達は喧嘩になった。当然殴ったし殴られもした」
「…………。」
「ただ、鬼道に殴られた時、悪いことしたって思ったんだ」
俺らしくねぇだろ?と笑って付け足す不動に俺は何も言えなかった。
「鬼道は俺がお前を好きになるずっと前からお前が好きだったんだよ」
「うん…」
それは俺も鬼道さんに言われた。そして俺はそれに気づけなかった。
「俺がいなかったらお前も鬼道も傷付かずに済んだ」
「それは違う」
「違わねぇよ。だから俺はお前を守れて鬼道にも償う方法で鬼道と取り引きをしたって事。これなら一石二鳥だろ?」
俺はそう言って薄く笑う不動の唇に軽くキスをした。
「馬鹿………」
「さ、く…ま?」
「どうして無理するんだよ。俺の前で強がったりするな……」
すると握っていた手と逆の手が俺の肩にかかりそのまま引き寄せられる。
俺もそれに応えるように空いている手を不動の背中に回した。
「ごめんな不動…。俺のせいでこんな思いして――」
「お前のせいじゃない。守れなかったのは俺だから…」
違う。不動は何も悪くない。今日まで平和にここにいられたのは紛れもなく不動のお陰だ。不動が自分を犠牲にしてまで俺を守ってくれたから―――
それなのに俺は何も知らなくて。大切な人が俺のせいで傷付いていたのも分からなかった。
全部俺のせいなんだ……。
不動も鬼道も…………今までごめんなさい
俺がいたばかりに大切な二人がこんな思いをするなんて耐えられない
もうすべて終わりにしよう
―――――――
俺はみんなが心配しないように、不動の無事を伝えミーティングに出た。
ほとんど上の空だったせいでろくに話は聞けなかったが、俺はミーティング出た事が目的ではなかった。
「鬼道さん…」
解散になり、皆自室に戻ろうとしていたが俺は鬼道さんを呼び止めた。
「佐久間?どうした」
鬼道さんは今日、不動が倒れたことを知っている。だから何故自分が呼ばれたのか分かっているはずだ。
「話があるので外に出てもらえませんか?」
「分かった」
割りとあっさり承諾され、俺は鬼道さんと一緒に外に出た。
――――――――
「不動の事だろう?」
外へ出て宿舎裏まで行き、何から話せば良いのか迷っていると、長い沈黙の後鬼道さんの言葉がそれを破った。
「なんで…あんなことをしたんですか?」
「不動から聞いてないのか?取り引きだと」
「聞きましたよ。だからってあんなになるまでやるなんて……」
言いたいことは山ほどある。だけどそんなのキリがない。俺が言わなきゃいけないことは――
「俺はお前が好きなんだ。誰よりもお前を愛している。何故それが分からない」
「鬼道さん…」
「俺はお前を手に入れる為ならなんだってしてやる。それがどんな方法でも、相手が不動だろうと誰だろうと関係ない」
「…っ……」
分かってる。鬼道さんは何も悪くない。
鬼道さんがここまで壊れてしまったのも俺のせいだから…
だから俺が鬼道さんに償います……
俺は地面に手をついて,そのまま頭を下げた。
「佐久間?」
「すみませんでした…全部俺のせいです……だから…」
声が詰まる。涙声になりながらもなんとか言葉を続けようとした。
「FFIが終わった後……俺は貴方のものになります。不動とは一切連絡を取りません……ずっと貴方の側にいます。ですから―――」
気がついたら涙が溢れて止まらなかった。頭は下げたままだから鬼道さんがどんな顔で俺を見ているのかは分からない。
でも言わなくちゃ…
一番大切なことを――
「……もう不動を傷つけるのだけは止めて下さい……お願いします……」
するとぎゅっと身体を抱き締められた。
「そうか。それなら俺は不動に何もしない。お前が手に入るなら…」
「鬼道さん…」
「俺はお前を愛してるからな」
最後に、落ち着いたら戻って来いと言われて鬼道さんは先に戻って行った。
俺はぼんやりしたままその場にペタリと座ったままだった。
これで良かったんだ…
恩人である鬼道さんも恋人である不動も傷つけた俺に、人を愛する資格なんてないのだから。
ごめんなさい
何度謝ったって許されない
俺が侵した罪はあまりにも重かった。
ここまで壊れてしまった鬼道さんは、俺がいなければあの優しかった鬼道さんにはもう元には戻れない。
そして不動も、俺といたら幸せにはなれない。
FFIが終われば関わりはなくなる。だが鬼道さんは俺が不動のものである限り何もしないはずがない。
今度こそ怪我くらいでは済まされない。
鬼道さんはいずれ不動を―――……。
それなら俺が鬼道さんのものになればいい。
元々そうだったんだから………
だけど
悲しくて悲しくて仕方ない…
後2日で俺は不動と顔を合わせることは出来なくなる。
一緒にサッカーをすることも笑い合うことも頭を撫でてもらうことも抱き締め合うことも――
何一つできない
まだまだやりたかったことは沢山残っている。
FFIが終わったら不動を帝国学園に誘うつもりだった。
それで一緒に部活やってお休みの日はどこかに出掛けて…俺の育った施設にも呼んで――――
決めたのは自分。これでいいともおもってる。それでもこの選択はあまりにも辛かった。
もう会えないなんてにわかに実感が湧かない。
それだけ俺は
不動が好きなんだ
俺は気持ちの整理がつかないまま、ふらふらと立ち上がった。