episode22



鬼道は円堂と豪炎寺と、次の試合の作戦について話し合っていた。
俺がその輪に入ると三人は驚いたように俺を見たが、気にせず鬼道に話しかけた。

「鬼道、話があるから顔貸せ」

「今話し中なんだが」

「んなこと知らねぇよ、いいから来い」

呆気にとられている円堂と豪炎寺をよそに、俺は半ば強引に鬼道の腕を引っ張り宿舎裏まで連れて行く。

鬼道を連れてくると、俺は宿舎の壁に叩きつけるように鬼道を突き飛ばした。


「何するんだ」

「何って、お前自分が何をしたか分かってんのかよ!」

「さぁ?」

明らかに分かっている顔をしているくせに知らないふりをする鬼道に俺の怒りのボルテージは上がっていく。俺は鬼道の胸ぐらを掴み怒鳴った。

「すっとぼけんじゃねぇよ!てめぇ、よくも佐久間を慰み者にしてくれたな!!」

「随分酷い言い草じゃないか。俺はちゃんと佐久間の事を愛しているんだぞ?」

「愛してるなら無理矢理ヤったりしねぇだろ!権力振りかざして服従させて……お前自分がやってる事分かってんのか」

「アイツは自分の意志で俺のものになるって決めたんだ。俺の言うことならなんでも聞くと誓ったのもアイツだ」

「てめぇ…」

「それなのにお前といるようになってから佐久間は俺を見なくなってしまった。今回の件だって不動に告げ口なんかして…いけない奴だ」

鬼道の物言いに俺は絶句してしまった。なんなんだコイツは…
俺が黙っていると鬼道は溜め息を吐いてこう言った。

「また調教し直さないとな」

この言葉にとうとう俺はキレた。
代表選手が暴力沙汰なんて絶対起こしてはいけない。それは分かっていたが我慢できなかった。

「ふざけんじゃねぇよ!!」

俺は鬼道の顔に拳を直撃させた。鬼道は地面に血を吐いて俺をキッと睨んだ。

「佐久間をなんだと思ってんだ!!」

一発殴っただけじゃ俺の怒りは治まらず、更に殴ろうと再び胸ぐらを掴む。

その時だった。

鬼道は俺の手首を素早く掴んでバランスを崩させると腹に思いきり蹴りを入れた。

「う……あ…」

激しい痛みがはしり、俺はそのまま地面に倒れこんだ。

「不動、あまり調子に乗るなよ?」

鬼道は不敵に笑いながらゴーグルを外した。
痛みを堪えながら顔をあげるとゴーグルを外し、露になった紅い瞳が俺を捉えた

「き、ど…う」

怒り、妬み、憎み、哀しみ。
鬼道の瞳にはそんな感情が渦巻いていて、俺はその瞳から目を逸らす事が出来なくなっていた。

「不動、お前は知っているのか?俺が佐久間の事をどれだけ好きでいたか」

背筋が凍るような冷たい声。紅い瞳はいまだ俺を捉えたままだ。

「俺は佐久間がずっと欲しくて欲しくて堪らなくて、……それでもやっとの思いで手に入れたんだ」

「鬼道…」

「なのにアイツは俺を見なかった。何で佐久間はお前を選んだんだ?お前は佐久間を傷つけたじゃないか。俺はそんなことしなかった。ずっと佐久間を愛していた」

真帝国の事を言われれば俺は何も言えない。俺が佐久間を傷つけたのは事実なのだから。
それでも今、俺はアイツが好きだ。

黙って鬼道を見据える俺に何を思ったのか鬼道は倒れたままの俺に再び蹴りを入れた。

「いいか不動。俺はお前が好きになるずっと前からアイツの事が好きだったんだ。お前さえいなければ佐久間はずっと俺のものだったんだ!!」

鬼道は柄にもなく声を荒らげた。俺は豹変した鬼道に戸惑うばかりで何もできない。出来る事といえば倒れたまま鬼道を見上げていることくらいだ。


「お前のせいだ…」


鬼道が放ったこの言葉は殺意にも近い憎しみが込められていて、俺は本能的に恐怖を感じた。

ただ…それと同時に罪の意識も感じた。


もし、俺が佐久間を好きにならなければ、鬼道がこんなにも狂うことはなかった。
鬼道はずっと佐久間を想い続けていたのにそれを俺が奪い取ってしまった。

俺が佐久間を好きになったから、鬼道も佐久間も傷ついて――

全部俺のせいだ…


俺は痛みを堪えて立ち上がった。

「どうした不動。やる気か?」

「なぁ鬼道。取引をしないか?」

「は?」

鬼道はいきなりそんな事を言い出した俺を怪訝そうに見た。
俺はそれに構わず話を続ける。

「俺が憎いなら好きなだけ痛め付ければいい。俺はお前に何をされても一切抵抗しない」

「なっ…」

「その代わり、佐久間には絶対手を出すな。アイツが嫌がるような事をしたらそのときは俺にも考えがある」

今の俺にはこれしか出来ない。だがこれなら佐久間が傷つくこともないし鬼道に償うことも出来る。

鬼道は暫く考えていたが、結論が出たようで、口を開いた。

「成る程、そういうことか。いいだろうそれで手を打とう。だがお前はそんな事堪えられるのか?」

「ああ。俺はけじめはちゃんと着ける主義なもんでね」

「俺はお前が大嫌いだ。だから手加減する気はないがそれでもいいのか?」

「いいって、好きなだけやれよ。ただしバレるから顔は止めろよ」

「そこまで言うなら後悔するなよ」

明日から毎日、練習が始まる前に俺の所ヘ来い。鬼道はそう言って去っていった。

「うっ……」

先ほど鬼道に蹴られた場所に激しい痛みが襲う。サッカーで鍛えた鬼道の蹴りは恐ろしい程強力だった。これからはこんな事が日常茶飯事になっていく。正直自分の体が持つか分からない。

それでも――

これで良かったんだ…。俺は罪滅ぼしが出来る。鬼道は佐久間に手を出さなくなる。佐久間は何も知らず笑っていられる。

完璧じゃん

俺の行動が正しいかどうかなんてそんなの誰にも分からない。
分からないなら自分が決めたようにやるだけだ。

俺は佐久間を守ると決めたのだから…