episode12



(何かの間違いだ)


俺はそう思った。だってそんな事あるはずがないのだ。佐久間と不動の仲が良いなんて。


「不動、トマト食べろって言ってるだろ」


「そーゆー佐久間だってピーマン残してるじゃねぇか」


最近二人は一緒に食事を取っている。


「……。ピーマンは苦いからしょうがない」


「理由にならねぇよ。じゃあ交換しようぜ」


不動はトマトを自分の箸で器用につまみ、佐久間の皿に移した。佐久間も同じようにピーマンを移す。

そんなやり取りをみて俺の苛々は増すばかり。普通に自分で相手の皿から取れば良いじゃないか。これって間接キスに入るよな…。

見ているのが辛くて二人からそっと視線を逸らす。すると


「どうした鬼道。なんか悩みでもあるのか?」


よほど思い詰めた顔をしていたのか円堂に心配されてしまった。


「いや、何でもない」


俺はそう言うと不動と一緒に食堂を出るところだった佐久間を呼び止めた。


「何ですか?鬼道さん」


「大した用じゃない。少し話さないか」


「少しなら…」


不動は軽く舌打ちをして佐久間にそっと耳打ちをする。聞かない方が良いのだが、人というのはこういう時に限って耳がいい。


「佐久間、就寝前にいつものとこだからな」


「分かってる」


俺が聞いたのはこの二言。いつものところって何のことだ?頭にはその単語がぐるぐる回っている。気になって仕方ない。


佐久間とは他愛ない話をして別れた。



―――――




就寝前、俺は宿舎内をうろついていた。勿論佐久間と不動を探すため。きっと止めた方が良いのだろう。世の中には知らない方が幸せな事なんてごまんとある。だから今、俺は部屋で大人しくしているべきなのだ。だがこうも気になってしまうとそうはいかない。このモヤモヤを消さないと練習にも支障が出てしまう。越し苦労で済むこと願い二人を探した。


あちこち探し回ったが二人はいない。一体どこなんだ?
すると遠くから話し声が微かに聞こえた。



「誰にも見られなかったよな?」


「大丈夫だって。こんなところでこそこそやってんの俺たちくらいだぜ」


「でも堂々とするのはちょっと…」


「ったく真面目な奴だよな〜次郎ちゃんは」


嫌な予感しかしない。だが体が動かない。俺は壁越しに二人の様子を見ることにした。


「なぁ不動…」


「何だよ」


「俺、お前が好きだ」


「バーカ。俺はもっと好きだっつーの」


不動は照れくさそうにそう言うと佐久間をぎゅっと抱き締めた。佐久間はそれを嬉しそうに受け入れる。

最悪だ。何でこんな場面に出会さなければならないんだ。自分の意思でここにいるのだから自業自得といえばそうなのだが、あまりにもこの状況は耐え難い。そして恋というものは残酷で更に俺に追い討ちをかけた。


「佐久間」


「んー」


「キスしていいか?」

不動は佐久間の髪に指を絡めながら問いかける。佐久間は一瞬驚いたように不動を見て、同時に顔が真っ赤に染まっていた。


「えっ……」


「まだ駄目か?お前初めてだって言ってたから俺的にはかなり我慢したんだぜ」


「いや、その不動だって経験ないからさ…初めての相手が俺なんかで良いのかななんて思っちゃって」


不動はそう言って恥ずかしそうに俯く佐久間の頭をくしゃっと撫でた。


「そんな心配いらねぇよ。俺の初めてはお前がいいし、お前の初めては俺であってほしい」


不動はそう言うと再度佐久間を抱きしめた。不動って意外にロマンチストなんだな。俺は初めてこんな不動を見た。今はそんなこと思っている場合じゃないけれど。


「不動……」


佐久間も不動を抱きしめ返す。


「佐久間、本当に俺でいいのか?」


「俺も不動とがいいから」


これは絶対逃げた方が良い。後に後悔するのは目に見えている。だが先程からずっと金縛りの如く体が動かない。逃げたいという気持ちとそれを拒む気持ちがせめぎあう。自分の中で葛藤していると佐久間の声がして我に返った。


「不動」


「もう何も言うな」


不動はそのまま佐久間と唇を重ねた。舌を絡め合う音が静寂なこの空間に何度も響く。唇を離せばつぅと銀色の糸が紡がれスッと切れた。


「佐久間…好きだ」


「俺もお前が好きだ」


二人をボンヤリと見ているとパッと体の硬直が解かれた。俺は音をたてないように自室に戻る。もう此処には居たくない。


部屋に戻っても二人のやり取りが脳裏に焼き付いて離れない。あんな佐久間を俺は知らない。二人のキスは残酷なくらい艶かしくて妬ましいほど幸せそうだった。


「畜生…」


俺は部屋で静かに泣いた。

「佐久間は俺のモノだったのに………」


アイツのモノになるなんて許せない。