episode6



佐久間は再テストを受けなかった。というよりは受けたところで何の意味もなかったから受けなかった。


帝国の規則として、定期テストの再テストの場合は八十点満点になるそうだ。しかし三位に入るには九十五点以上を取らないと可能性はゼロに等しい。


つまりテストを受けようと受けまいと佐久間は特待生から外されるのである。


そしてそれは退学を意味していた。

退学が決定した時、佐久間は表情一つ変えずただ『分かりました』とだけ答えた。



「今まで有り難うございました」


佐久間はそう言って俺たちサッカー部員に頭を下げた。


「いつまで居られるんだ?」


「後一週間だ」


「そうか…」


慰めの言葉なんて誰も言えない。佐久間はこんな理不尽な事のせいで学園を去らなければならないのだ。あれだけ才能があるのにも関わらず。


「それにしても酷過ぎる。たった一回の事なのに…」


源田は悔しそうに呟いた。


みんな同じ気持ちだろう。だがこればかりはどうしようもない。俺たちは何度か先生に直談判したが佐久間だけを特別扱いは出来ないと言われてしまった。


「みんなそんな顔すんなよ。体調管理をできなかった俺が悪かったんだ。残り少ないけどよろしくな。」


佐久間はそう言ったが、やはり納得いかない。






「只今帰りました」


俺が家に入ればお手伝いさんが荷物を持ってくれる。部屋はきちんと掃除されているし服はタンスにしまってある。

俺はこの家に引き取られてなに不自由なく過ごしてきた。勿論期待に応えなくてはというプレッシャーはあったが学園生活が懸かるようなことはない。次こそはとまた努力すれば良かったのだ。

だけど佐久間は違った。
一回のミスも許されない。

俺はそれを知っていたはずだ。誰よりもアイツの近くにいて分かっていたはずだったんだ。それなのに無理をさせてしまった。ちょっとした異変にも気づけなかった。


俺のせいだ…


もっとアイツと一緒にいたかった。友達としてでなく恋人として。


「どうすればいいんだ…」


俺は部屋の中で頭を抱えた。


俺に出来る事はなんだ?


どうすれば佐久間は学園に居られる?


そんな事を考えていると以前父親に言われた言葉が蘇った。


『お前は帝国学園のサッカー部で司令塔のスキルを身につけ、それを将来鬼道財閥で生かしなさい』


俺が今サッカーをやっているのは会社を継ぐため。社長になるために司令塔としての能力が必要だった。だから父親は俺にFFで三年間優勝するようにと言った。

そう言えばこの言葉、まだ続きがあったよな…


大切な事を言われたのにすぐに思い出せない自分に呆れながらも必死に思い出す。


なんだっけ…


『……良いか、司令塔は参謀がいることにより初めて己の能力を発揮できるものだ。それは社長になっても変わらない。お前は今から自分の右腕となれる人材を選べるようにしておく事が大切だ。もし本当に素晴らしい人材がいたらその時は鬼道財閥に引き抜いてもいいだろう』


「あーー!!」


俺は思わず部屋で声をあげてしまった。

そうだ、この手があった。


「父さん!」


俺は父親の部屋に行き、書類を纏めていた父親の前で正座した。


「有人、どうしたいきなり」


驚く父親をよそに俺は床に手をついて頭を下げた。


「お願いします。貴方に頼みがあるのです」


今はプライドとかを気にしている場合じゃない。


「少し落ち着きなさい。まずは事情を聞こう」


俺は佐久間の事を話した。


「……それで私に彼の学費を払えと」


「俺が会社を運営するようになったらすぐに返しますから」


「だからといってお前の友人の学費を簡単には払えない」


まぁ予想通りの答えだろう。だがここで退く訳にはいかない。


「確かに佐久間は俺の友人です。しかし参謀としての能力は優秀で頭もキレます。彼が了承してくれるのであれば将来一緒に働きたいとも考えています」


一緒に働きたい、そう言った瞬間父親が反応した。佐久間のことは父親もよく知っているからどれだけ優秀かも分かっている。


「ですから金銭的な事情で将来鬼道財閥に貢献できる人材を無駄にしたくないのです。それにFFだって彼がいなければ勝ち進むのも困難になってしまいます。彼の事ですから次のテストでまた特待生になれます。だからお願いします」


俺はもう一度頭を下げた。


「…………そうか。分かった、ただし今回だけだ。」


「有難うございます!!」


これで佐久間は帝国にいられる。そう思うと嬉しくて仕方がなかった。