解放 佐久間は、不動のお陰で鬼道に本音を言えたような気がした。 これまで偽りで過ごしてきた訳ではないが、今、胸にずっとつかえていたものがきれいさっぱりなくなって、鬼道が誰といてもおかしな感情に支配されることはなくなった。 むしろ、今まで何でこんなに悩んでいたのか分からなくなってしまうくらいだ。人間というのは出口の見えない悩みを抱えた時はこの世の終わりのような絶望感に襲われる。しかし種さえ分かってしまえば、なんだそんな事だったのか、で済む。 大切なのは勇気を出して種明かしを見つける事。 佐久間はそう思うのであった。 ―――― コンコン 自室のドアを叩く音が聞こえ、佐久間がどうぞと言えば不動が入ってきた。 「不動か。どうしたんだ?」 「お前が大丈夫かと思って様子見に来たんだよ」 「ありがと。でも大丈夫だから」 「お前の『大丈夫』はあまり信用できねぇな…」 「今は無理なんかしてない。本当に大丈夫。それも不動のお陰なんだぞ?」 「俺は何もしてねぇよ」 「だって俺が鬼道とちゃんと向き合えたのだって不動がいたからだ。俺一人だったらどうしようもなかったし。だからすごい感謝してる」 「…俺は償いをしただけだぜ?それより――」 これやるよ、そう言って不動は佐久間に小さな袋を渡した。 佐久間が中を開けると―― 「これ何だ?化粧品みたいな気が」 「みたいなじゃなくてコンシーラーっていう化粧品だ」 「俺に化粧しろと言うのか!?」 「馬鹿、違ぇよ」 不動は佐久間の手首を優しく掴んで傷口の回りをそっと撫でた。 「ここ隠すのに使うんだよ。急にリストバンドとか着けたら不自然だろ?」 「うん…」 「本当は傷口がもう少し治ってからの方がいいんだけどな、まぁ仕方ねぇ。FFI終わったら病院行ってちゃんと治せよ。あ、後消毒はこまめにやること」 「何で―――」 そんなに詳しいんだ? そう聞きたかったが佐久間は慌てて口を噤んだ。 どう考えたってそんなことを聞いてはいけない。 不動はそんな佐久間に気づき、佐久間の頭を優しく撫でてからゆっくり話し始めた。 「俺の家さ、親父がリストラされて借金背負った挙げ句に俺と母親残していなくなったんだ」 初めて聞いた話だった。佐久間は驚きのあまり声も出なかった。 「そのせいで母親も精神的に参ったみたいで、毎日のように手首を切ってた」 俺には気付かれてないと思ってたみたいだけどな、手当てしてるところとかは見ちまったし、そう言って不動は寂しそうに笑った。 「だからこういうことに詳しいって訳。俺がやったんじゃねぇからな、誤解すんな――」 不動が言い終わる前に佐久間は不動を抱き締めていた。 「辛かったんだな…お前も」 「やめろよ、俺は何も思ってねぇから。俺には家族なんてどうでもいいんだよ」 「だってそういう事があったからお前は今頑張ってるんじゃないか?」 「それは…」 過去の話をしただけでそこまで読み取ってしまう佐久間に驚きを隠せなくて、言葉に詰まった。 「それにな不動。家族っていうのは有難いものなんだぞ?家族がいるうちは気付きにくいけどそれを忘れたらダメだ」 失ってからじゃ遅いからな? 佐久間は最後だけわざとらしくおどけた口調で言った。 そのとき、不動は佐久間の橙色の瞳が一瞬曇ったのを見逃さなかった。 彼も過去に辛い経験があったのだろうか。過去を思い出してああいう風になるのは不動も同じだから分かってしまう。 それでも詳しくは聞かない。 自分の暗い過去を話すのは辛いから。 折角元気になったのだから今は笑っていて欲しかった。 例え自分が佐久間の隣にいれなくても… 使用法を教え、いざ使ってみればちゃんと肌の色に馴染み、傷は目立たなくなった。 「これで大丈夫だな。本当にありがとな、不動」 そう言ってふわりと笑う佐久間にいとおしさが募る。 しかしそれは不動の役目の終了を意味した。 (もう俺の役目は終わりだな) 今の佐久間には鬼道がいる。鬼道なら佐久間のことを本当に幸せに出来るだろう。こんな風に笑顔でいられるのなら不動はもう必要ない。 (これからは鬼道クンに幸せにしてもらえよ) 不動はもう一度佐久間の頭を撫でた。 (だけど 後少しでいいから 佐久間の側にいさせてくれないか?) 佐久間は鬼道といるのが一番良い。不動は自分でその結論に行き着いたのだが、どうしても潔く離れられない自分がいた。 コンシーラーを眺めていたら不動に頭を撫でられた。最近よくやられたが、悪い気がしない自分がいることに佐久間は不思議に思った。 今の不動に対しては、安心感や信頼感がある。 以前と彼の印象が変わった。 勿論和解前とは打って変わってだが、それよりも更に変わったような気がするのだ。佐久間がミスターKの死を切っ掛けに壊れかけた辺りから、不動への印象が確実に変わっていた。どう変わったかと聞かれればそれはよく分からない。 今度は不動に目線を移すと、なんだよ、とぶっきらぼうに言われて目をそらされた。 「じゃ、傷も目立たなくなったことだし練習行こうぜ」 「今からか?」 「お前の練習に付き合ってやるんだよ。体なまってたらベンチ行きだぜ?」 「確かに…」 「ほらボサーッとしてねぇでさっさと行くぞ」 不動は佐久間を促して、二人でグラウンドに向かった。 (あれ…?) 二人で並んで歩いていた時、佐久間は己の背が不動に抜かれていることに気がついた。 (背、伸びたんだ…) いつ抜かれたかなんて全然分からなかった。自分の方が高いという意識はあったものの正直不動の背丈を気にしたことなんてなかった。 最近成長期だというのに身長の伸びが悪いのは自覚している。男として誰かに背丈を抜かれるのは複雑な思いだ。 それでも… いつの間にか抜かれてしまった身長も 不思議と嫌ではなかった |