二律背反



鬼道が首を縦に振れば、不動は鬼道の腕を掴み、宿舎まで引っ張って行った。




「佐久間、起きてるか?」

了承を得る前にドアを開ければ、佐久間が驚いた顔をして二人を見る。


「鬼道も一緒なのか?」


不動は不安げに見詰めてくる佐久間をよそに


「お前らの事は監督に言っとくから今までの事なり何なり気の済むまで話し合ってろ」

と吐き捨てるように言った。


「俺が鬼道と!?」

当然状況が掴めない佐久間は混乱していたが、不動にいちいち説明する気などない。

「ああそうだよ。分かってんならさっさと話し合え。絶対逃げるなよ、嘘吐いてまた拗れても俺は何もしねーからな」


自分でも何が言いたいのか分からなくなってきたが、鬼道の背中を押して佐久間の前に行かせる。

気まずい雰囲気の二人だったが不動は構わず部屋を出た。

バタンとドアをしめてから一呼吸おく。

不動はさっき自分が何を言ったかあまり覚えていない。それだけ彼は動揺していた。



「佐久間…俺、」


ドアにもたれ掛かってぼんやりしていると鬼道の声が聞こえ、不動は慌ててその場を去った。

プライバシーは守るべきである。だが不動はそれよりも二人の話を聞きたくなかった。



かつて恋人同士であった二人の会話を…




―――









練習に戻れば久遠監督が不機嫌を露にしていたので仕方なく詫びて、適当に事情を取り繕っておいた。

それからは皆に混じり練習をしていたのだがまったく集中できず、結局監督に怒られることになった。


「確かにあの事故でお前も、そしてあの二人も動揺しているのは分かる。だが今は練習に集中しろ」


集中しろと言われてできたら苦労はしない。
ただこのまま練習に参加していても意味がないのは分かっている。

そう判断した不動はグラウンドを出た。


――――――









一人でさっきの出来事を思い出す。

今日は色々な事がありすぎな気がして不動自身疲れていた。

佐久間は鬼道と分かり合えただろうか。
すれ違いもなくなっただろうか。

とりとめもなくそんな事を考えては胸に痛みがはしる。


(俺は本当に馬鹿だよ…)

ただの自滅だよな。そう思いながら自嘲する。

佐久間が好きで、振り向いてもらいたくて今まで頑張ってきたはずなのだが、考えてみれば己がアピールできた事など一回もなかった気がしてならない。
やはり好きだからこそ佐久間のために動く事の方が断然多かった。

それでも後悔していない……




そう言えればどれだけ良かったことだろう


気がつけば己の目からは涙が溢れ落ちていた。

(は!?俺泣いてんの?)


最後に泣いたのはいつだろうか。
その記憶を辿れば遥か昔のような気がした。


何年ぶりかに流した涙は失恋の涙

初めての恋がこんなにも儚く終わってしまうのかと思うと堪らなかった。


(畜生…)


自分でも情けないくらい泣けてきてしまってどうしようもなかった。


ただそれは、不動の想いがどれだけ強かったかということ。




好きだからこそ苦しい
好き過ぎて苦しい




ここまで強く惹かれたのはいつなのか。それはもう不動自身にも分からない。
いつの間にか苦しいほど好きになっていた。




諦めなければならない。
だが諦められない。

佐久間には幸せになって欲しい
それでも自分のものにしたい

不動は自分の心中が矛盾だらけな事に気が付いた。


今までだってそうだ。

佐久間の為に動いて、これで良かったと思う気持ちと、自分の気持ちに蓋をして辛い気持ちに苛まれていた。

今自分はどっちの気持ちなのか。それも分からない。

ただ涙が止まらないのは事実で、苦しいくらい彼のことを想ってしまっているのも事実だ。






二律背反





いつかは佐久間の幸せを心から願えるようになりたい


心境に反した晴れ渡る空の下、一人涙を流しながら不動はそう思うのであった。






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