Hope to hell…




『今日は練習休め』









結局起きなかった彼の枕元にそう書いたメモを置き、不動は部屋を出た。

いまだに先ほどのショックが抜けない。
ぼんやりしたままひたすら廊下を歩く。

まさか佐久間があんなに追い詰められていたなんて思いもしなかった。
影山の死はちょっとした切っ掛けでしかなくて、本当はずっと一人で抱えていたものがが積もりに積もってしまって、とうとう耐えられなくなったのだ。

それに全く気付けなかった罪悪感と自分ではどうにも出来ない歯痒さ、不動の中ではそんな感情が渦巻いていた。


そして、今佐久間を助ける事が出来る唯一の人間に助けを求めるか否かの葛藤もあった。

不動自身はやはり自分の力で佐久間を助けてやりたいと思う。もし鬼道の力を借りるのであれば不動の想いが報われることはまずないから。だがそんなことをしていたら本当に壊れてしまうかもしれない。
佐久間のことを本気で想うなら今は自分の気持ちには蓋をするべきであろう。




(無償の愛か…下らねぇ)


そう思うと宿舎を出ようと進めていた足がピタリと止まる。
下らない…見返りを求めないなんて不動には理解出来ないものだった。
結局人という生き物は自分が一番可愛いのであって、そんなものは綺麗事でしかないと思っていたから。
人を利用してでも偉くなろうというのが不動のポリシー。
今佐久間が欲しいならやることは一つだ。


だが足は一向に進まない。佐久間の部屋に戻ろうとするにも足が言うことを聞かない。



(俺も馬鹿だよな…)



本当は答えなんかとうに自分の中で決まっていた。
無償の愛。果たしてこれがそうなのかは不動にもよく分からない。

だが自身のエゴよりも佐久間の幸せを願う自分がいることは確かだ。
そして、さっき黙ってキスしてしまった事の償いもあった。
未だに心の片隅では嫌がる声はするが、それを叱咤する。


不動は足を前に進めた。




向かった先は―――









「不動、遅かったな」



既に練習は始まっていたようで、鬼道はアップをしていた。
そして鬼道の前まで来て自分が無意識のうちに彼の元へ向かったことに気がついた。
あそこで葛藤があったものの心より先に体が動いていたのだ。


鬼道は、佐久間は大丈夫なのかと不動に問うがそれには答えず、


「話がある」


それだけ言って宿舎裏まで来るように促した。






―――







「どうしたんだ」


早く練習に戻りたいと軽く文句を言う鬼道。

だが今はそれどころではない。



「おい不動―――」


「佐久間を助けてくれ!」



鬼道の言葉を遮るようにして不動はそう言った。



「助ける…?」


「アイツはもう限界なんだ…このままだと取り返しがつかねぇかもしれないんだよ!」


「ちょっと待て、話が読めない。佐久間がどうしたんだ」


取り敢えず落ち着けと言われ、口を噤んだ。




焦っている





それは自分でもよく分かった。
佐久間を助けたいという気持ちがそれをもたらしているのも。

不動は今朝の出来事を話した。

佐久間が今までずっと抱いていたコンプレックス…つまり自分の必要意義についてのこと。
昔のように再び手首を切ってしまったこと。

話終われば鬼道は信じられないという顔で不動を見た。
無理もない、直接話を聞いた不動でさえ驚いたのだから…


「佐久間は…俺たちに心配かけないように無理してたんだな」


「俺さ…終わった事だなんて思ってた。いつまでも自分のやったことを突き付けられるのが正直怖くて……」


思わずぽろっと本音か出てしまった。
それは鬼道が親友だからだろうか、はたまた今気持ちを分かち合えるからだろうか。
もしかしたら両方なのかもしれない。

「それは俺も同じだ。
ずっと佐久間に甘えていた…」


鬼道もまた本音を溢した。


「俺は佐久間が好きでお前もそれは同じで。それなのに俺たちはアイツを傷付けたって事だよな」


鬼道と不動はあまりにも似た境遇にあった。


辛い過去があること
司令塔であること
そして、過去に想い人を傷付けた経験があること…


二人ともそれを背負って生きてきたはずだった。二度と傷付けないように、大切にしようと誓ったはずだった。

それなのに――


佐久間のことは十分に理解していると思っていた。
だからいつでも守れる自信だってあった。
けれどそれはただの思い込みでしかなくて、佐久間がどんな思いでここまできたかも、心配掛けないように明るく振る舞っていたことも何一つ知らなかった。



「…分かっただろ?佐久間がヤバいって」


「ああ」


後悔なんてしてる場合じゃない。鬼道が不動と同じ気持ちであるなら――


「なぁ鬼道」


鬼道は驚いた。不動はいつも茶化したように鬼道クンと呼ぶ。
それもないということは、不動がそれだけ真剣だということ。


「鬼道が…佐久間を助けてやってくれ」


「俺がか!?」


「他に誰がいるんだよ」


「……俺にはそんなことできる自信がない」


「はぁ!?何言ってんだお前は。佐久間のこと好きなんだろ?恋人だったんだろ?お前が助けてやらなくてどうすんだよ!」


「それは…過去の話だ」


「過去ってそれでもお前の気持ちは変わってないんだろ?だったら―――」


「佐久間は俺のことなんてなんとも思ってない…」


「いい加減にしろよ!!」


不動は思わず鬼道の胸ぐらを掴んで怒鳴った。


「不動……」


「女々しいこと言ってんじゃねぇよ」


「だが俺は…」


「俺じゃ駄目なんだ…」


声のトーンが落ちた。


「不動?」


「お前しか佐久間を助けられないんだよ」


本当はこんなこと絶対言いたくなかった。
自分で負けを認めるような事…
それでも言葉が止まることはなかった。


「ペンダントは俺が佐久間から取り上げた…」


「なっ……」


鬼道は言葉を失った。
まさか不動が関わっていたなんて思いもしなくて、今日まで佐久間に捨てられてしまったのだと思い続けていた。


「お前らは向き合う事から逃げてんだよ。最初から好き合ってんのに傷付くのが怖くて距離を置く。だからいつまでもすれ違ったままなんだろ?」


「それは…」


言い返せるはずなかった。不動が言ったことは図星なのだから。


「今まで黙ってたのは悪かった…。けど頼む…佐久間とちゃんと向き合ってくれ」


そうすれば佐久間は救われるから…

お互いが想い合っているのだから話し合えばいい。
誤解や思い違いも解けるし何より今度こそ本当の意味で分かり合える。


「不動…すまなかった」


「謝る相手が違うだろ」


「いや、お前にも迷惑を掛けた。俺は佐久間が好きだと言っておきながらずっと向き合う事から逃げていた。アイツに何度も助けられたのに俺はアイツの苦しみに気付けなかった。」


「それはお前だけじゃない。俺もアイツを傷付けた。けど俺は佐久間を救えない。だからお前が―――」


(助けてやってくれ)






鬼道に助けを求める事


それが不動に出来る精一杯の事だった







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