変化



ミーティングの時間になり日本代表のメンバーは全員集合した。一人を除いて。




「佐久間はまだ来てないのか。不動、佐久間を呼んでこい」


何で俺なんだよとは思ったが、寝起きの佐久間見れるなんて少し得した気分だなと呑気に思いながら佐久間の部屋に行った。





「佐久間!もうミーティング始まるぞ。いつまで寝てんだよ!!」


不動がそう言いながらドアを開けると、そこには虚ろな目をして手首に爪をたてている佐久間がいて、そこからは血が滲んでいた。
寝起きの佐久間が見れるなんて呑気に考えていた不動にとってはあまりにも予想外の展開だった。佐久間に駆け寄り腕を掴むと手首には生々しく刃物で切った痕があり、佐久間は視線を合わせないように下を向いていた。


「何でこんな事したんだよ」


「…………。」



佐久間は俯いたまま何も言わない。


「黙ってちゃわかんねぇだろ」


そう言っても佐久間は何も言わない。不動はこっち向けと言って腕を引っ張った。


「お前が言ったんじゃねぇか、俺たちは仲間だって。それならもっと仲間を頼れよ。俺は――」


「お前に俺の何が分かる!!」


佐久間はそう言って腕を振り払った。
普段穏和な佐久間がここまで感情的になるのは珍しく、不動は思わず黙ってしまった。


「お前には分からない。大切な人に切り捨てられる辛さも、弱い自分に嫌気がさす気持ちも」


「佐久間…?」


不動は何の話か全く理解できなかった。今佐久間は日本代表のメンバーなのだ。だから切り捨てられるなんてことないし実力だって充分にある。それなのにそんなことを言う。


「佐久間。それ何の話だ?」


聞いても佐久間は答えない。


「不動には分からない…分かるはずないんだ」


最後の方は聞き取れないくらい小さな声で、気がつけば佐久間はポロポロと涙を溢していた。




その時だった









バタン!!と勢いよくドアが開いたと思えば音無が入ってきた。


「不動さん、佐久間さん、何してるんですか!皆さん待ってますよ!!………ってあれ?」


音無は言ってからこの異様な空気に気付いたようで、咄嗟に口を噤んだ。


流石にマネージャーに泣いているところを見られては可哀想だと思い、不動は佐久間の頭を自分の胸に引き寄せてから


「悪い、コイツ具合悪そうだからミーティングは出れねぇ」


と言った。


「大丈夫なんですか?監督呼んだ方が…」


「別にそこまでじゃねぇよ。だから俺が様子見とく。お前は大丈夫だってみんなに伝えておいてくれ」


「わ、分かりました」


音無は納得したようで行ってしまった。




――――









「ごめん…」


暫く沈黙が続いたが、先にそれを破ったのは佐久間だった。


「気にすんな。今日はゆっくり休めって」


不動はそう言って佐久間が安心できるように頭をくしゃっと優しく撫でてやった。


「ありがとう…でも大丈夫だから」


「大丈夫ってお前のどこが大丈夫なんだよ」


無理をしている、それは不動にも分かる。


「お前は頑張り過ぎなんだ。少しは自分を甘やかせよ」


佐久間はいつもそうだ。自分がどうなったって先ずは他人を優先する。自分の感情を後回しにするから最後は限界がきて壊れてしまう。


他人を押し退けてでも強くなる、そう生きてきた不動には理解し難い観念であったが、いつの間にかそんな佐久間に惹かれていたのであった。


以前なら佐久間の心情の変化にも気付いていなかっただろう。だが不動は佐久間を好きになって変われた。今なら分かる。人の辛さや痛みが…


「なぁ、俺には分からないかもしれねぇけど話してくれないか?」


(お前の辛そうな顔、見たくねぇんだよ)



佐久間は驚いたように不動を見たが、ゆっくりと口を開いた。







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