狂気 影山が死んだ。 それは多くの人に衝撃を与えた事実だった。そのことをニュースで知った日本代表のメンバーは誰一人として言葉を発する事が出来ず、ただテレビ画面を見つめていた。 監督には気持ちを早く切り替えろと言われたが、なかなかそうは出来ない。もっとも、鬼道にはまず無理な話だった。 午後は試合が終わった直後というのもあって練習はなく、各々複雑な想いを抱きながら時を過ごしていた。 佐久間は鬼道を探していた。自分にできることはないけれどせめて側にいたいと思ったのだ。 佐久間だって影山の死はショックだった。確かに鬼道と付き合っていた時は多少疎まれたが恩師というのは変わらない。そんな自分でさえショックなのだから鬼道はもっと傷付いているだろうと思い、宿舎内を回っていた。 (おかしいな…) 絶対自分の部屋にいると思っていたのだが違った。他にもミーティングルームや玄関近くも探したがいない。探してる最中、不動に会い、心配し過ぎだと言われたがそんな事を気にしてる場合ではなかった。 (俺が側にいなくちゃ…) そう思いながら再び廊下を歩いていると話し声が聞こえた。そこは円堂の部屋で、佐久間は直感的に嫌な予感がしたが、声のする部屋にそっと耳を傾けた。 「鬼道、もうその事は気に病むな」 「そうだぞ鬼道。俺も豪炎寺もお前の事支えるから。だって俺たち仲間だろ?」 「ありがとう円堂、豪炎寺。俺はいい仲間に恵まれたな…」 そこまで聞いて佐久間は逃げ出してしまった。 なんとか自室に戻りそのままベッドに倒れ込む。すると先程聞いた会話が何度も繰り返された。 「俺はいい仲間に恵まれたな…」 鬼道はそう言った。今、鬼道の仲間は円堂や豪炎寺であり、帝国のみんなではないのだ。昔鬼道の周りには源田がいて辺見がいて、そして佐久間がいた。だが今は違う。 (お前まだ鬼道に捨てられてないとでも思ってたのか?) 心の中でもう一人の自分が嘲笑う。でも仕方なかった。捨てられたという事実を認めるのが怖くて分かっていてもその現実から目を背けていたから。 だがそれを突き付けられた今、とうとう認めざるを得なくなってしまった。 (また捨てられた) (『また』じゃないだろ。お前はあの日からずーっと捨てられっぱなしなんだよ) 佐久間はその言葉にハッとする。確かにそうだった。鬼道は世宇子に勝つため敵討ちといって帝国を捨て、恋人だった佐久間さえも切り捨てた。あのとき既に鬼道の心は雷門にあったのだ。あったからこそあれだけ雷門で活き活きとしたプレーができる。そして今も鬼道の心は雷門に在り続ける。今の鬼道には帝国も佐久間も必要ない。 そんな事を考えていると自然と涙が溢れてきた。 そして、感情をコントロールしていた理性がとうとう壊れ、音をたてて崩れていった。 「俺は………鬼道の何なんだよ!!」 佐久間はそのまま自室で泣き続けた。 ――――――――― 色々な想いがぐるぐると頭を回っているうちに一睡も出来ず、朝になってしまった。 泣いた上に寝ていないせいで顔はものすごいことになっていた。流石にこんな顔では人前に出られないので洗面所に向かう。 赤くなってしまった目の周りを冷やしていると後ろから声をかけられた。 「おい、佐久間」 「なんだ、不動か」 「なんだじゃねえよ。っていうよりその顔どうした」 「…目にゴミ入って取れなかったから擦ったらこうなった」 バレるのが嫌でとっさに嘘をついた。 「やり過ぎだろ。泣いたみてーじゃん」 「なっ、泣いてないからな!」 「ヘー、影山死んだからそれでメソメソ泣いてたのかと思ったぜ。そうだ、鬼道クンはどうだった?アイツは流石に泣いただろ」 昨日の出来事が甦り、どうしても顔が曇る。 「鬼道は……円堂と豪炎寺が…支えてくれてたから」 不動は途切れ途切れに喋る佐久間を見て昨日の何があったか大体理解し、話題を止めた。だが俯いて僅かに震えている佐久間はどうみても普通じゃなかった。 「じゃあ俺は戻る」 不動は、そう言って通り過ぎようとした佐久間の腕を掴んだ。 「不動?」 とっさの出来事に佐久間は目を丸くした。 「お前…大丈夫か?」 そんな風に言う、心配そうな面持ちの不動に佐久間は精一杯の笑顔でこう言った。 「大丈夫だ」 |