逃避



「佐久間………」


誰かに名前を呼ばれ意識が戻った。しかし頭がボンヤリして思考回路が回らない。何があったのか思い出そうにも直前の記憶がなかった。佐久間は気絶させられた後、怪しいクスリを嗅がされていたのだ。顔を上げると視界がぼやけてよく見えないが、マントを羽織りゴーグルを着けている男がいた。前にいる男が誰なのか分からず、混乱している佐久間をよそにデモーニオは佐久間の顎を掴んでまじまじと顔を見る。


「やはり綺麗だ。俺の目に狂いはなかったんだな」




―――――――――




帝国学園を超える究極のチームになるためにデモーニオたちはトレーニングをしていて、その際に帝国の選手のデータを読んでいた。
そんな時、佐久間のデータがデモーニオの目に止まったのだ。佐久間の中性的かつ美しい容姿は一瞬にしてデモーニオを魅了した。それからはなんとしても手に入れたいと思うようになっていた。

影山は鬼道が好きだ。だから鬼道と佐久間が恋仲であることが気に入らない。そこでデモーニオの気持ちを知り、イタリア代表を奪う時にお互い欲しいものも手に入れようと決めていたのだ。



―――――――――



佐久間はいきなり顎を掴まれ、本能的に動かない体を動かして抵抗した。するとデモーニオの口から信じられない言葉が出た。


「どうした佐久間。俺たちは恋人同士なんだぞ?」


「…お前と俺が……恋人?」


「そうじゃないか。忘れたのか?」



そう言って優しく髪を撫でるデモーニオに抵抗できなくなってしまっていた。


(目の前の奴は誰だ?鬼道なのか?鬼道は俺の事をまだ好きでいてくれるのか)


捨てられたと思い続けていた佐久間には嬉しすぎる言葉だった。だが目の前の奴が鬼道なのかはまだ判断できない。すると、今朝のように別の自分に話しかけられているような錯覚に陥った。


(お前を捨てた鬼道がそんなこと言うわけないだろう?そいつは偽者。でもさ、どうせお前は報われないんだからコイツに忘れさせてもらえよ)


確かに考えてみれば鬼道はこんなこと言わないなと思った。けれど目の前にいるやつを受け入れれば、今朝のように自分の醜い感情に苛まれる事もなくなるかもしれない。そう思うとますます抵抗する気がなくなってしまった。


「佐久間…」


ぼやけた視界に入ったその男の顔が近づく。この後何をされるのかは薄々分かっていた。それでも楽になりたい、この想いから解放されたいという気持ちには勝てなかった。佐久間は自分の唇が塞がれるのを静かに待った。

しかし、佐久間の意識はそこで再び切れてしまった。




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