児戯 「不動!!」 今日も朝から放課後まで、佐久間は怒鳴りっぱなしだった。 理由は簡単、不動が佐久間をからかうから。 今日も授業中に悪戯されて先生に怒られ、変声期が終わらない事をからかわれ、楽しみにしていた弁当のおかずを勝手に食べられた。 そのせいで佐久間の昼休みは不動との追いかけっこで終わってしまった。 そしてそんな事をしていたらあっという間に放課後になり、当番の生徒は掃除をしている。 「不動!!お前も掃除当番」 「あ、俺部活行くからやっといて」 「関係ないだろ!俺だって同じだ。ほら」 佐久間は箒と塵取りを押し付けた。 すると 「佐久間!お前、今日廊下走ってただろ!!」 生活指導部の教師だ。 恐らく昼休みの事を言っているのだろう。 「いや、それは…」 「学園の秩序を乱すんじゃない!!罰としてそこの掃除は一人でやれ。後、職員室前も掃除な」 「えっ!?ちょっと待って…せんせー!!」 佐久間の頼みも虚しく、教師は行ってしまった。 隣で不動が必死に笑いを堪えているのは言うまでもない。 「じゃ、掃除頑張れよ〜」 「お前だって走ってたじゃん…」 「見られなきゃチャラなんだよ」 愉快そうにひらひらと手を振って不動は部活に行ってしまった。 「最悪だ…」 「今日は災難だったな」 源田は、箒片手に溜め息を吐く佐久間の肩をポンと叩いた。 「今日っていうよりここ最近ずっとだ。不動の奴、俺の事からかって遊んでるよな」 何がしたいんだよアイツ。と文句を言いつつ掃除をする佐久間を見て、源田はクスッと笑った。 「何笑ってんの」 「いや、不動も大変だと思ってさ」 「大変なのは俺だ!!」 確かにこの状況から判断すれば明らかに佐久間の方が『大変』である。 だが源田は何故か面白そうに笑うだけだった。 「お前も不動もなんか変だー」 「まあまあ。俺もそろそろ行くかな」 「手伝ってくれんじゃないの?」 「勿論違う」 校則で、罰でやる掃除は手伝えない。 佐久間は一人、掃除をするはめになった。 そもそも金持ち学校なのだから、掃除する人くらい雇って欲しいと皆思っていたが、学校の方針の中にあるのだ。『掃除は生徒が行うべし』と。 佐久間は、今日は部活無理かな、なんて思いながら掃除をするのであった。 ―― 「不動」 今日はキャプテン不在の為、自主練となっていた。 源田が来たときには全員揃っていて、各々練習を始めていたが、不動は佐久間を待っているのかベンチに座っていた。 「お前、ベンチが似合うな」 そういえばネオジャパンにいたとき、彼はずっとベンチだったな。一回自信満々な顔で立ち上がろうとして可哀想なことになっていたな。 なんて事を思い出した。 「うぜぇ」 「冗談。佐久間ならまだかかるぞ?」 「なんだ、すぐ来ねぇのか」 不動は残念そうに呟いた。そんな彼を見て、源田は直球で彼に尋ねた。 「お前さ、佐久間が好きなんだろ?」 「!!…お前……」 まさか源田からそんな話をされるとは思いもしなかった不動は、何も返せなかった。 「図星か…」 不動は、ここで嘘を吐いたところで目の前にいる男を騙せる程自分は器用ではないことは分かっていたので、素直に頷いた。 「やっぱりな。思った通りだ」 「……」 不敵に笑う源田の隣で不動が複雑な顔をしていた。 「別に悪い事じゃないんだからそんな顔するなよ」 「お前は何も言わねぇの?」 「何がだ?」 「俺が佐久間の事を好きでも何も言わねぇのかって事」 「…何でそんなこと聞くんだ?」 「俺にはアイツを好きになる資格なんかねぇのに」 不動は不思議でしょうがなかった。 何故源田がここまであっさりと自分を受け入れたのか。 確かに彼は寛容な人間だということは、まだ浅いとはいえこの学園生活の中で分かった。 だがそれだからといって真帝国の件を簡単に許せるとは思えない。 鬼道とはアジア大会決勝、佐久間とは本戦の最中にサッカーを通して漸く和解することが出来た。 同じ日本代表でもそれだけ時間がかかったのに、源田は初日から何事もなかったようにけろりとしていた。 怪我の事は無事に治ったこともあるから水に流したのかもしれない。 だが佐久間をあんな目に遭わせておいて、『好きになりました』なんてあまりにもムシが良すぎる。 それはずっと思っていたことで、帝国に入れば源田に言われるとも思っていた。 だが源田は何も言ってこなかった。 「…お前の言ってることがよく分からない。好きになるのに資格とかいるのか?」 「それは――」 「今不動は佐久間が好き。それについて俺は悪いなんて思ってない。寧ろ応援したいくらいだ」 「応援って…」 「だから俺は不動を受け入れたんだぞ?」 「確かにお前、よく俺を受け入れたよな。初日であれって」 「実はな、FFI中に佐久間からお前の話を聞いていたんだ」 それ初耳、と不動は驚きを隠せない様子で言った。 まぁそうだろう、と心の中では思いながら源田はFFI中の事を思い返す。源田自身は言っていなかったし、話の内容を考えると佐久間が言うとは到底思えない。 「三回、アイツから電話が来てな、そのうちの二回はお前の話だった」 「マジ?」 「ああ。一回目は丁度お前と和解した頃かな。『不動と仲良くなった』って喜んでいたぞ」 「二回目は?」 「準決勝ちょっと前かな…」 「アイツ、何て言ってた?」 『源田、俺…不動が好きなんだ』 源田は佐久間に言われた事を記憶から引き出して思った。 きっと正直に言えば不動は喜ぶし、佐久間にとっても良いだろうと。 だが 「おい源田、何なんだよ」 痺れを切らしたようで、源田の肩を揺すった。 「…忘れた」 「は?忘れた!?」 「ああ。だからそこまで重要な事は言ってないはずだ」 「なんだ…」 ちょっと期待したじゃねぇかと文句を言う不動を宥める。 源田は敢えて教えなかった。 確かに教えてあげるのも優しさだ。 けれど、恋愛は二人でするもの。部外者が入ってどうこうする、というのは源田は好きではない。 やはり本人同士で気持ちを確かめ合う方が感動も大きいはずだ。 お互い想い合っているのだから気持ちが届くのもそう遠くはないだろう。 それなら今は暖かく見守ってやるのが優しさではないかと源田は思っていた。 不動は思い出したら教えろよなんて言っている。 余程佐久間の言った事が気になるようだ。 そこで源田は話題を変えた。 「それにしてもお前さ、佐久間は優しくしないと落ちないぞ?」 「…んな事分かってる」 前に付き合っていたのが鬼道なのだからそのくらい分かっていた。 「アイツは自分の事には鈍感だからな。お前も苦労するぞ」 「既に苦労してるっつーの」 佐久間はからかわれると本気にする。 それは彼が純粋な人間であるといえるのだが、相手方がどんな気持ちでいるか察しない。 人の気持ちには誰よりも敏感に気付くくせに、こればかりはどうしようもなかった。 そして不動はかなり不器用だ。 素直に気持ちを伝えるなんて、不動にとっては相当大変な事である。 大会中に大分丸くなったとは言うものの、好きな人の前で素直になるなんて到底無理であった。 だからこそ逆の事をしてしまう。 優しくしたくてもからかったりいじめたり、わざと怒らせるような事をする。 構って欲しいのかもしれない。 ただそんな彼の姿は… 「お前、佐久間の前では小学生みたいだな」 「うるせー!てめぇ俺を馬鹿にしてんのか」 「好きな子をいじめるって小学生のすることだぞ?」 源田はそう言って笑った。 「あのなぁ、俺はガキじゃねぇの」 「お前は変に大人びてるのところがあったからな。こういう部分は逆に弱いのかもしれない」 「う………」 やられたと思った。完全に源田が上手だ。 まさかあの源田にしてやられるなんて真帝国にいたころは夢にも思わなかっただろう。 だが源田の言う通りだった。 素直になれないけれど構って欲しくて、優しくできないけれど一緒にいたい。 例えそれが子供のような戯れでも楽しかった。 練習をすっぽかして源田と話していると、誰かがグラウンドに入ってきた。 「ほら不動、お姫様のご登場だ」 帝国のユニフォームを身に纏い、不動の元へ近づいてくるお姫様は大層機嫌が悪かった。 「不動!!」 今日も一段と高い声が響き渡る。 彼の変声期が終わるのは一体いつなのか。 それは誰にも分からないが、そう遠くないことはない、ということだけはみんな分かっていた。 「やべー、佐久間がマジでキレてる」 不動は急いで立ち上がり、逃走を図る。 「おい、まて不動!!逃がさないからな」 佐久間も走り出した。 「不動待てぇぇ!!烈風ダッシュ!」 帝国のお姫様はとても脚のお早い人だった。 帝国学園サッカー部のグラウンドを使った贅沢な鬼ごっこをする二人にメンバーは何も突っ込まず、寺門は一人頭痛で悩んでいた。 「寺門…大丈夫か?」 「…最後にミーティングやるから」 部活が終わった後、二人は寺門にこってり絞られた。 このとき、何故寺門がサッカー部の幹部にいないのかとその場にいた全員が思った。 不動が来てから、佐久間の怒鳴る回数及び寺門が頭痛に悩む回数は急激に増えた。 だがみんな密かに、わいわいと騒がしく凄まじいこの生活を好いていたのだった。 ←→ |