帝国学園



不動は新しい学校生活も徐々に慣れ、平和な毎日を送っていた。



「次の式にXを代入して…」


しかし平和だろうとなかろうと、勉強は着いて回る。

はっきり言って何の面白味もない授業は退屈だ。

そんな時はぐるりと教室を見渡し、皆を観察するのが不動の暇潰しであった。

皆大抵は真面目にノートを取っているのだが、斜め後ろを見ると源田が爆睡している。

そして横を見ると…

(相変わらず真面目ちゃんだよな…)

佐久間は集中してノートを取りながら教師の話に耳を傾けている。
はらりと落ちる長い髪を耳に掛ける仕草は思わず見とれてしまう。

ただ…


(つまんねー)

三時限目という微妙な時間もあったせいか、不動の退屈はピークに達していた。

いつもはこうして佐久間を眺めているのだが、今は退屈なのでそれだけでは満足いかず、せめてこちらを向いて欲しかった。

すると佐久間は教師に気付かれないよう小声で、

「なんだよ不動。さっきから鬱陶しい」

と文句をつけてきた。

不動はニヤリと口角を上げ、佐久間にそっと耳打ちをする。

「廊下にペンギンが歩いてたぜ?」


ガターン!!

それと同時にイスが倒れる音が教室に響く。
佐久間が思い切り立ち上がったせいだ。


「ペンギンがいるだと!?どこだ!!」

「佐久間っ!!」

今度は教師の怒鳴り声が響いた。
その声に佐久間はハッとする。


「不動…お前…」

今更嘘だと気が付いたのか不動を睨み付ける。
しかし不動は可笑しくてそれどころではなかった。


「俺を騙し――」

「佐久間!!」

再び怒鳴った教師の声にビクッとした。

「廊下に立ってなさい」

「先生…」

しゅんとした表情で佐久間は教室を出ていき、不動はそんな佐久間を見て必死に笑いを堪えていた。


今どきの学校では体罰などない。
しかし帝国学園は違う。

ぶたれようが廊下に立たされようが、そんな事で文句を言ってくる親などこの学校にはいない。

万が一言ってこようがそれは生徒が辞めさせられるだけの話。

超難関校と呼ばれている帝国学園に入りたいと思っている生徒など捨てるほどいるのだ。


やがてチャイムが鳴り、小休憩となった。

「昼休みまで後一時間か。だりぃな」

「次は英語だ。また眠くなる」

「お前って睡眠学習してんのな」

「いや、本気で寝てる」


イケメンオーラを出しながら答える源田に思わず笑ってしまう。

こんな奴でもサッカー部の主力選手なら追い出されない。

「不動は眠くならないのか?」

「俺は起きてる方が楽しいからな。色々と」

するとドアを開ける音がした。


「不動…貴様ぁ!」

「お帰り佐久間。廊下は楽しかったか?」

「楽しい訳ない。よくも騙したな」

「あんなのに騙される方が悪いだろ」


佐久間は頭が良いのか悪いのかさっぱり分からない。
だがさっきの事を考えると実は馬鹿なんじゃないかと不動は思えた。

「ったくしょうがない。源田、ノート貸して」

「俺、取ってないぞ」

「お前変わってないな…。じゃあ不動貸して」

「はいよ」

「……字、汚くて読めない」

「俺は読めるからいいんだよ」

佐久間は不動にノートを返してクラスメイトの元へ行ってしまった。
恐らくノートを借りる為だろう。

「少し抜けたくらいいいのにな」

「あいつは真面目だから」

残された源田と不動は他愛もない会話をして次の授業までの時間を潰した。


4時限目も源田は眠り、佐久間は真面目に授業を受け、不動は隣にいる佐久間を見ていた。

今度邪魔するとただでは済まないオーラが漂っていたので、不動はそっと見守ることにしていた。


やがてその時間も過ぎ…

昼休みになった。


「ようやく昼か。あー疲れた」

「疲れたってお前寝てただけだろ」

「なぁ源田、不動、今日は屋上に行かないか?」

「おう」


三人は屋上に向かった。

彼らは一緒に昼食を食べるメンバーを決めているわけではないが、少なくともこの三人はいつも一緒だ。

屋上は気分で他のクラスの辺見たちも来ていたりする。

雨が降ったり面倒な時、学園内にあるカフェテリアで食べたい時は利用しない。

因みに屋上を利用するのはサッカー部のみである。

別に特権がある訳ではなく、サッカー部の集うこの場所を誰も使いたいなんて思わないのであった。


「おっ、今日はほとんどいるじゃん」

佐久間は先客に声を掛ける。

「俺たちも入れてくれ」

「んじゃここ入れよ」

辺見と洞面が三人分の場所を空けた。


「今日いないのは五条と成神だけか」

「五条はなんか実験してたし成神は呼び出し」

「またかよ」

佐久間はやれやれというように溜め息を吐いた。

サボりや態度の悪さで成神は呼び出しの常連である。
その度先輩である佐久間達まで怒られるのだ。

そして佐久間や辺見、寺門が注意したところで何の効き目もない。


「源田が注意すれば一発で効くぜ?」


しかし当の源田は

「いいじゃないかそのくらい。部活では真面目だし問題ない」

と暢気にしている。


どこの学校にも問題児とかいるんだな、不動はそう思うと、この学校は別に異質な学校ではない気がした。

「そうそう、母親からみんなで食べろって言われてこれ持ってきた」


思い出したかのように源田は箱を出した。

その箱を見た瞬間わぁっと歓声が上がり、不動も思わずギョッとした。

箱には誰もが憧れている有名な一流菓子店の名前が書いてあり、不動も知ってはいたが実物を見るのは初めてだ。

確か銀座に本店があって小鳥遊が一度は食べてみたいと言っていた気がする。


「源田ありがとな」

「サンキュ源田」


みんな遠慮なく菓子をつまむ中、不動だけが手を出さないでいた。

「どうした不動。もしかして嫌いか?」


源田が心配そうに彼を見た。

「いや…そうそう訳じゃなくて、こんな高いもの簡単にもらえねぇよ」

「気にするなって。親が買いすぎて余ってるから持ってきただけだから」

「不動も食べろって」


佐久間は天真爛漫な笑顔で菓子を渡した。
これは流石に断れない。

「じゃ、有り難く…」


それにしても買いすぎるっておかしくないだろうか。ちょっとまとめ買いのように買える安物ではないはずだ。

しかしそれを訪ねても

「いや、カードで払うと買いすぎるんだよ」

「こっからここまでって言って買うと絶対余るよな」

「だけど捨てるのは良くないからこうして持ってくるわけ」


皆は口々にそう言った後、銀座にあるなんとかという店が好きだとか、終いには親が出張先でいい店を見つけたからフランスから取り寄せるとか言い始め、不動はただポカーンとしていた。


(前言撤回…)


この学校は普通じゃない









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