新生活



転校初日はドタバタして疲れも溜まったが、佐久間と同じクラスになれたしサッカー部の人間とも上手くやっていけそうな雰囲気だった為、初日にしてはいい感じで終わり、帝国学園の生活も楽しそうだななんて思いながら不動は帰路に着いた。


「ただいま」

「お帰りなさい、不動君」

ドアを開けると冬花がバタバタと廊下を走って来た。
わざわざ出迎えるような気遣いができるのは、流石元日本代表のマネージャーといえる。


「ご飯できてるから着替えてきてね」

「おう」


不動は二階にある自室に向かった。


不動の新しい住居…それは久遠監督の家であった。


鬼道に背中を押されたあの日、不動は響木監督の家で下宿できないかと頼みに行ったのだが、その時隣にいた久遠に

「なら家に来い」

そう言われた。

久遠監督は大会を期に稲妻町に引っ越すそうで、どうせ一人も二人も変わらないから、という無茶苦茶な理由で彼を引き取った。






着替えを終えて、リビングに降りて来れば既に二人は座っていて、不動も慌てて席に着いた。

「まだ慣れねぇな…この光景」

全く血の繋がりのない三人家族。違和感を感じるのは仕方ない。

「でも私は家族が増えたから嬉しいな」

「良かったな、不動。ベンチウォーマーでも喜ばれて」

「うっせー」

「それにしてもお父さん、よく不動君を引き取ったね。以前は私が男の子を家に呼ぶのも禁止だったのに」

「最悪な父親じゃねぇか」

「冬花に変な虫が付いたら大変だからな」

「不動君は平気なの?」

「大丈夫だ。コイツはホモだから」

不動は盛大に噎せた。冬花は咳き込む不動に水を渡す。

「お、お前変なこと…言うんじゃねぇ…」

「しょうがないだろう。事実なのだから」


不動は咳をしながら冬花を見た。
流石にこんな初っぱなから軽蔑されては辛い。
すると冬花はニコッと笑って、

「あぁ、佐久間君か」

と言った。


「って知ってたのかよ!!」

「知ってるも何もほとんどの人が知ってたよ」

「お前は分かりやすいからな」

「マジかよ…」


解散後に知らされた事実はどうしようもない。
今更どうこうすることはできないが、バレバレだったと思うと恥ずかしいやら情けないやらで悲しくなってくる。


「私は不動君の恋を応援するから。お互い頑張ろうね」


私は宿題があるから、と冬花は自室に戻った。

「円堂…イタリアにでも行けばいいものを」

「そういう性格どうかと思うぞ……」

「冬花は誰にもやらないからな」

不動は横で溜め息を吐いた。久遠が不動を引き取ったのは恐らくこう言った『皆の前では言えない話』をするためだ。そのくらい不動はとっくに気付いていた。

確かにあんなキャラを通せばストレスが溜まるのかもしれない。

不動自身、仲間と笑いあったりできるようになってからは毎日が楽しいと感じられるようになった。
自分らしくいるのは大切な事なのかもしれないとつくづく思う。
久遠は何故か不動の前で本音を言う。それは不動に特別な感情があるだとか親しみ易いからだとか、そんな理由ではない。
単に大会中に不動いじりにハマってしまったのだ。
監督として、それ以前に大人としてどうなのか。不動が言いたい事は山ほどあったが下宿している身分の上、黙っている。

彼はかなり収入もあるから不動がいようといまいとあまり変わらないのかもしれない。
それにきっと働き始めたら下宿代として請求もくるだろう。


「お前さ、冬花をどうしたいんだよ」

「一生変な虫が付かないように守る」

「…でもアイツはモテると思うぜ」

「冬花は優しいからな。お前もそう思うだろ」

「まぁな。気遣いは上手いし親切だし…」

「死ね」

「理不尽にも程がある」

「だがお前はなにもしないから放っておいても問題はない」

「俺はアイツしか見てないからな」

「俺はあんな男か女か分からないような奴のどこが良いのか分からん」

「いいんだよ、お前みたいなロリコンに佐久間の魅力は分からないだろうから」

ごちそうさまと告げ、不動が席を立とうとした時だった。

「ちょっと待て不動」

ガシッと腕を掴まれる。


(まさか…)


「トマトが残ってる」


不動は露骨に嫌な顔をしたがやはりバレてしまった。しかしこればかりは本当に嫌いなのだ。
それでも毎日のように久遠家の食卓にはトマトが出る。

「これは嫌がらせか?」

「他に何の意味がある」

「……」


疲れていたのもあり、不動はトマトと格闘することを決めた。

毎日久遠とは喧嘩のように口論するが、何だかんだで別に嫌ではなかったりする。
こんな家庭もありかななんて思うのだった。





トマトとにらめっこをしていると、宿題が終わったのか冬花がリビングにやって来た。


「不動君、まだやってたんだ」

「トマトはマジで無理なんだよ…」

「ゼリーにしてみる?」

「いや、いい…」

「あのね、話変わるんだけど……」

「どうした?」

「今日、守君が木野さんとすごく楽しそうに話してたんだ」

「あいつら仲良いからな」

「守君はやっぱり木野さんが好きなのかなって」

「んなこと関係ねぇだろ。気にすんな。お前はお前らしく、自信もって頑張ればいいんじゃねぇの?」


円堂はかなり人気があるから冬花も苦労する。
ライバルが多いと気が休まらないものだ。
その大変さは不動にもよく分かった。


「…そうだよね、ありがとう。なんか元気出たな」

「まぁ話聞くくれぇならいつでも聞いてやるよ」

「私も相談に乗るからね。いつでも言って」


トマト頑張ってと言われ、冬花は去っていった。


彼女は好きな相手と上手くいってほしい。不動は本当にそう思える。
不動は女子があまり好きではないから、今までほとんど話すことすらなかったが、冬花に関してはろくなアドバイスはできないものの、相談に乗っても良いと思えた。

そして恋愛なんて全く未知な不動にとっては相談役が欲しい。

お互い頑張り合う仲として、これからもいられたらいいな、なんて思う。

それと同時に、血は繋がっていないとはいえ、久遠監督が父親だったのに何であんな純粋な人間に育ったのか、それは不動には理解し難かった。

まさか真っ直ぐな女の子になる催眠術も掛けたのか、そんな推測をたてながら目の前にいる赤い奴とにらめっこを再開するのだった。







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